【いかに人物を練るか】6221
藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…
豊田氏が安岡正篤師に初めて手紙を書いたのは十七歳の時であった
『童心残筆(どうしんざんぴつ)』や『東洋倫理概論』
だが、期待していた安岡師からの返事はなかなか来なかった。
あきらめかけた頃に届いた一通の封書。
返事の遅れを詫び、結びにこうしたためられていた。
「求道は一生のことである。
そのためには冷に耐え、苦に耐え、煩(はん)に耐え、 閑に耐える。
これをもって大事をなす」
十七歳の少年の心に火がついた。
豊田氏は安岡教学の研鑽に生涯を懸けることになる。
その三年後の昭和十六年、豊田氏は出征して中国に渡り、
黄河のほとり、運城(うんじょう)でだった。
古本屋で一冊の本を見つける。
安岡師の著書 『続経世瑣言(けいせいさげん)』である。
この本は中支からマレーシア まで六千キロを転戦した豊田氏と行を共にした。
中で「人物学」の一節が豊田氏をとらえた。
「人物修練の根本的条件は、怯めず臆せず、勇敢に、而(しこう)
人生の辛苦艱難(しんくかんなん)、喜怒哀楽、栄枯盛衰、
その体験の中にその信念を生かして、初めて吾々(われわれ)
ここに豊田氏の生涯のテーマは定まったと言えよう。
豊田氏はよく言われたものである。
「古典をどれだけ知っているかではない。
いかに人物を練るか。
いかに人物となるか。
それが安岡教学の神髄だ」
人物とは言葉である。
日頃どういう言葉を口にしているか。
どういう 言葉で人生をとらえ、世界を観ているか。
その言葉の量と質が人物を決定し、
運命を拓く言葉の重さを知らなければならない。
『小さな人生論 (小さな人生論シリーズ)』致知出版社
「人は自分を創るために学ぶ」のだ、と安岡師はいう。
人生のあらゆる艱難辛苦(かんなんしんく)
自分を創るのは利己のためではない。
世のため人のために自分を役立てるためである。
自分を役立てるためには、自己の徳を大成し、自己の才能・
口から出る言葉が、その人の人生や運命を決定する、という。
だからこそ、「人物とは言葉である」。
「いかに人物を練るか」という言葉を胸に刻みたい。
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