【主役を降りる練習】6198
旅人KAD(かど)氏の心に響く言葉より…
《人生は、自分が大事すぎるから悩むもの。
主役を降りる練習をせよ。》(イタリアで出合った哲学科卒のバックパッカー)
イタリアのホステルで相部屋になったバックパッカーが、面白いことを言ってたんです。
哲学科卒の彼、旅をしながらいろいろ考えているらしくて、ふと、こんなことを語り始めました。
「人間の悩みって、結局『自分が大事すぎる』せいなんだよね」
一理あるなと思いつつ、「それってどうやって直すの?」って聞いてみたら、彼がニコッと笑ってこう言うんです。
「俺は『主役を降りる練習』をしてるんだ」「たとえば、嫌われたりすると普通落ち込むだろ? でも『お、今回の悪役は俺か』って思うと楽になるんだ」
さらに、他人が成功したり、輝いて見えるときも、「ああ、いい映画だな」って思えばすむんだとか。
言われてみれば、人生を舞台とか映画だと考えたら、確かに主役じゃなくてもいいし、悪役も立派な役割のひとつ。
なんかその発想が妙に腑に落ちました。
「みんな主役に疲れてるんだ」
「人生の脚本家は自分。
キャストだって自分で選べる。
なのに、いつも無理して主役をやろうとするから悩むんだよ」
『世界100ヵ国の旅で出会った人たちが教えてくれた 人生で大切なこと』(ディスカヴァー)
「主役を降りる」とは、たとえば「がんばらなくていい」ということ。
主役は常に奮闘努力し、結果を出さなければならない。
それをやめる、ということ。
「ねばならぬ」という執着を捨てること。
また、「時には休んでいい」。
主役は物語を前に進めなければならない。
でも、疲れたら、立ち止まっていいし、休んでもいい。
そんな罪悪感を手放すこと。
それから、「誰かを応援するのもいい」。
時には、主役ではなく、脇役やファンという役割を喜んで引き受けること。
活躍する人を老若男女関係なく、応援する。
成功した人、うまくいっている人に、嫉妬しないこと。
主役でなければならぬ、というこだわりを捨てること。
それらはまさに、良寛さんのいう、「俺が、俺がの、我(が)を捨てておかげ、おかげの、下(げ)で生きる」という生き方だ。
自分のエゴや我を捨てて、「おかげさま」の心で生きること。
伝教大師最澄(さいちょう)はそれを、「忘己利他(もうこりた)」と言った。
自分のことは忘れて、他人のために尽くす、ということ。
「主役を降りる練習」という言葉を胸に刻みたい。
世界100ヵ国の旅で出会った人たちが教えてくれた 人生で大切なこと

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