小林正観さんの心に響く言葉より…

 

 

ある人が、私の前に「こんなものがあります」と言って、たくさんのものを見せてくれました。

 

絵、カード、ペンダント、水晶、陶器など、20種類くらいあったでしょうか、それをその人は鞄につめて、いつも持ち歩いているとのことでした。

 

また、その人の話を聞いていると、「あの人も知っている」「このセミナーも受けたことがある」「あの人の講演も 聞いたことがある」というようなことで、この世界で有名な人の名前は、ほとんどその人の口から出てきました。 

 

 

その人は、私たちの集まりに参加していたのですが、ある人の発言が気に入らないということで、帰り際に私にこう言いました。

 

「あの人が参加する以上は、私はもう来ない」と。

 

こういう言い方というのは、意外と気楽に多くの人がしてしまうのですが、「自分を参加させたければ、あいつを参加させるな」と言っているわけです。

 

 

人格上の勉強や研鑽を積んできた人の発言としては、あまり歓迎できるものではありません。

 

多くの勉強をしても、その勉強が、自分の日常の言動につながっていなければ、それは意味のないことだと思います。

 

多くの人から多くのことを聞き、学んできた結果として、「常に、人を憎まず、恨まず、呪わずに、誰に対しても同じ態度で接することができる」ということが、日常の「実践」というものであったはず。 

 

それが、「気に入らない」と思った結果(思うこと自体は否定しませんが)、「あいつが来る限りは、自分は絶対に来ないぞ。だから、もし自分を参加させたいと思うなら、あいつを来させるな」と言葉にするのは、かなり傲慢な考え方になってきます。 

 

 

多くの人が陥りがちなことですが、たくさんの本を読み、たくさんのセミナーや講演会に参加して、それで、自分がかなり成長し、向上したように思ってしまう、ということは 少なくありません。

 

しかし、そのようなことに参加し、たくさんの話を聞いたからといって、自分が成長しているということにはならないのです。

 

そのようないい話を聞いたとき、 自分の日常生活の中に取り入れ、「実践」をすること。 

 

それが「向上する」ということです。 

 

 

どんなにいい話を聞いて知っていても、それを行動に移さなければ(実践しなければ)何も知らないのと一緒だ、というのが私の考え方です。 

 

「自分探し」をし、多くの会に参加したり、人の話を聞いて勉強をすることは、悪いことではありません。

 

 

しかし、決してそこで安心しないこと。

 

安心しきって、安住してしまわないこと。

 

それがとても大切なことです。 

 

私たちが、なんのためにそのような勉強をするのか、というのは、結局は「実践」という一言に集約されるのではないでしょうか。

 

 

こころの遊歩道』イースト・プレス

こころの遊歩道

 

 

 

 

 

自分の人格を高めるために勉強しているにも関わらず、実践が伴っていないことは多い。

 

多くの本を読み、たくさんの講演会やセミナーに参加しているのに、言動や態度にそれが生かされていないということだ。

 

 

「笑顔が大事」と言っているのに、いつも不機嫌で仏頂面な人。

 

「人生を楽しもう」と言っているのに、楽しいことがないから楽しめないと言っている人。

 

「感謝が大事」と言っているのに、いまさら気恥ずかしくて「ありがとう」なんて言えないという人。

 

 

「千の言葉より、一つの実践」

 

常に学び、実践する人でありたい。

 

 

 

こころの遊歩道

 

 

 

 

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