わたしのことはゲンゲでもレンゲでも好きなように呼んでください

 

 

 

げんげ 金子みすゞ

 

雲雀聴き聴き摘んでたら

にぎり切れなくなりました

 

持ってかえればしおれます

しおれりゃ誰かが捨てましょう

きのうのように芥箱へ

 

私はかえるみちみちで

花のないとこみつけては

はらりはらりと撒きました

 

春のつかいのするように

 

 

 

金子みすゞ

1903~1930

 山口県に生まれた童謡詩人

享年満26歳

 

あまりに短すぎた彼女の一生をたとえるならば

夏の夜に儚くきらめいた線香花火のようであり

夜明けを待たず消えてしまった流れ星のようでもあり

いずれにしても、つくづく夭逝が惜しまれる薄幸の詩人でした

 

 

 

レンゲはかつて水田の緑肥として全国で栽培されていましたが、化学肥料の普及で姿を消しました

その後、コメ余りの時代になると減反政策の一環として景観形成作物を植えるとわずかながら交付金が出る制度ができました

それで、レンゲや菜の花、ひまわり、コスモス、クローバーなどが再び栽培されるようになりました

けれども近年の制度改正で景観作物への国の支援は無くなり、現在は麦・大豆など食料安全保障に関わる作物が優先されています

ただ、県や市町村が独自に景観作物を支援する場合はありますし、無償で花(緑肥)を育てている農家もいます

 

写真は2012年5月、富山県小杉町で撮りました