
Twitterより
ある区の防災対策の現場の方のお話をお聞きした。そのお仕事ぶりとご配慮に頭が下がります。その後の感想で 『明日 大きな地震がくるかもしれない』と言う方がいて それに応じた区の方の『明日 地震がくるかもしれないが 明後日から防災対策がまた始まります~つまりずっと取組むことなのです』が心に響いた
その場で私は 阪神大震災での震度7強の体験や 神戸で一週間一人でサバイバルした話をさせてもらった。あの時は自覚のないナチュラルサイキックのアマチュアヒーラーとして 限界を超え消耗してずっと自分を責め続けていた。でもたくさんの人達や存在の支えのお陰で今こうしていられる。もう先へ進む
と決意したら 今度 東京に住む福島の浜通りの方の集まる会で 演奏させていただく話がきた。私の神戸の体験も話して欲しいと 言われて。
一瞬 私にできるだろうかと 思ったけれど もう 次にすすむ。
今まで生きてこられている感謝と喜びをシェアする
という機会を得て この際 喜びいっぱいのエネルギーで演奏するためにも 久しぶりに神戸での被災体験を思い出した事だし これをできるだけクリアーにしようと 決意しました。
長く時間もかけてるし たくさんのたくさんのサポートを受けて 本当に私は恵まれていると感じるので もう自分のなかでは 癒しはかなりもたらされたと思っていました。
けれど シェアしたとき 自分の声が震えていたので まだ何か残っているらしい。。
そして ある日の朝
おでこと後頭部が痛くて目が覚めました。
その地震のとき あるものが頭に直撃し 縦揺れが激しかったので 床とそのものの間で頭を何度かうちつけたのです。
当時 私は一人暮らしをしていたし サバイバルに一生懸命だったし 頭を何度もうった後も 次々にいろんな事がおきていたので 非常事態の一つにしかすぎなかったのでした。
後になって 私あの時 頭どうなっちゃったんだろうか とずっと気にはしていました。アナトミーで脳の日にヒーリングを受けたり ケアを受けたり そのうち良くなっていくだろうなと思っていました。
で この日 おでこと後頭部のココが打ち身で痛い!!
肉体がようやく聞いてもらえると思ったのでしょう。
十何年ぶりに 頭のどこを打ったのが 初めて判明しました。
打った箇所に打ち身にきくオイルを塗りながら そうだ 私は痛かった!
十数年たっているから 普通考えるとどうかと思うケド
肉体は 初めてそこにシップしてもらって 満足そうです。
というか 私がそこに気を配るまで ずっと忍耐強く癒やされるのを待ってもちこたえてた肉体が 自分で愛おしくなったのです。
セルフヒーリングもしながら 久しぶりにみた脳も前より回復しているし なんだか とても満たされました。
そしてその後 創造主と話しているなか 心に残ったのは
この経験を言い訳にしてはいけない という思考パターンは手放す事
何故なら そのネガティブな体験をバネして頑張ろうという 自分の生きる動機として使っているので ある意味 マイナスの自慢話と一緒だ ということ
そうか この地震体験に執着していたのは私自身だ と気づいたので 解放!!
辛い経験をすることなく 喜びのなかで生きるなかで 学べること成長できること このあたりも書き換え。
なんだか 本当に 長く長く引っぱってた私を 許して受け入れてつき合っててくれて みなさんありがとう という 感謝と幸福感が湧いてきました。
また 何故この体験をしたかったのか というところでは
助産師になりたかったら 助産師学校に行くように
政治家になりたかったら 政治家秘書になって学ぶように
私がやりたいこと(ヒーラーってだけではない気がする)のために この体験をした
ということ。
確かに 一見過酷と思う体験から 人が何を学ぶかということについてを思うと 私にとって神戸での被災体験は とても大きく深いものです。
そしてこれは 他の方の様々な体験を敬うことにも 私のなかで大きく繋がっています。
とても 長くかかったけれど 学びとなって解放できたことが ありがたいです。そして 今までの道のり全てが必要だったと 感じます。
だから 過酷な体験をしたとき 人がどんな段階を経て癒やされていくか というところにも 想いをよせる感覚も養われたとも感じます。
不器用には不器用なりの意味があるってことかもしれません。
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