そうか。わたしは これまでの自分の人生において 間違いを認め訂正するということが出来なかったから | 『TMダイエット〜T理論と気功で頑張らずに痩せる!?』

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東京・新宿にて、「まといのば」公認でダイエットを中心にセミナーを開催しております。ブログにてそのお知らせをしております。

前回のヒーリング・フェスのサブタイトルの誤りの謝罪と修正の記事について、多くの反響をいただいております。

 

そのうちの一つが、以下の美澄里さんの記事です。

 

直接の面識はまだありませんが、美澄里さんフェスの前日にアメブロに熱いメッセージをいただき関係が出来て、フェスにも参加していただきました。

 

そして以下のようにご自身の人生と照らし合わせて今回の件についての理解を書いていただきました。一部引用させていただきます。

 

 

本家主宰やRay先生のお話の中で

間違うことがダメなのではなく

間違うことでしか成長できないし

間違えて当然だと

間違いしかないと。

 

ただ、指摘された間違いを

受け止め認めることが大事

というお話をされていました。

※厳密には言葉は違う部分が

あるかもしれませんが

ごめんなさい。


今回のこの件を共有頂いたことで

 

そうか。わたしは

これまでの自分の人生において

間違いを認め訂正するということが

出来なかったから

人生において大事な部分で

ずっと軌道修正ができずにいたのか

ということに気づかせて頂いて

大きな衝撃を受けたのですね。

 

 

間違いを認め訂正すると書くと

日本はどうしても・・・

隠蔽体質な部分があるからか

ネガティブなイメージが

あるような気がしますが

 


間違いを認め訂正する

というのは

現代気功そのものでもあると

感じたのです。

 

私たちは生きていると

自分自身の本当に心から叶えたい

理想の未来やゴールから

ズレていってしまいます。

 

このズレを現状の外のゴールに

合わ続けるというのは

間違い(ズレ)を認め

訂正(修正)すること

 

この間違いの指摘が

環境や現実から

フィードバックを取ることと
いうか。

 

 

間違えてはいけない

間違えないようにということにも

縛られてきたので

 

このように

公の場で

間違いを厳しく指導して頂いて

また、間違いを認め

こうしてフェスの公式LINEにも

ご連絡する在り方や生き様は

本当に大きなギフトとなりました。

 

 

今回、本当に

このヒーリングフェスに

参加させて頂けてよかったな

と心から思っております。

 

 

主催者のKAZUMAさん

登壇された12名のヒーラーの皆さま

スタッフの皆さま

記事の引用を許可下さった森野さん


そして

まといのば本家主宰、Ray先生

本当にありがとうございました。

 

また、この記事を書くにあたって

自分自身の過去の記憶と情動を

振り返ることがあり、

それらの記憶や情動に飲み込まれることなく

整理することが出来るようにサポート下さった

ヒーラーのみなさま

ありがとうございました。

 

私自身も

間違いながら

間違いを認め修正し

大きく成長と進化し続ける

ヒーラー、気功師でありたいと

思います。

 

 

加藤美澄里

 

 

 

 

自己開示とともに理解を書かれて素晴らしいと思います。そしてこのように公に文章を公開されて大変ありがたいです。

 

誤りを指摘されたらばそれを理解し修正すること、それはまさしく僕たちが取り組んでいる気功そのものです。

 

そして修正するのは認知戦も同じです。

 

 

認知戦争は、シンボリックおよびサブシンボリックな信号レベルで作用する認知の構造に直接関与し、その修正を試みる行為だ。

 

 

 

 

ヒーリングというとふわふわした癒しのようなイメージがあるのかもしれませんが、実際にはもっと苛烈なものだと思います。

 

ヒーリングという言葉を言い換えるのならば、進化であり転生であり抽象度を上がるということです。

 

それは魚が海から陸に上がるときのように、苛烈で強烈なもののはずです。

 

環境に最適化しようとするダーウィンの進化論は誤りであるとするのがT理論でした。

 

本家ブログより引用します。

 

 

ダーウィンがガラパコス島でフィンチという鳥の嘴(くちばし)が環境によって異なる進化を遂げていることを発見し、進化論という仮説を組み立てます。

もちろん進化論という枠組みは正しいのですが、環境への適応は進化か否かというのがここでの問題です。

苫米地理論ではフィンチの嘴(くちばし)は適応であって、進化ではないという立場です。

魚が海から陸へ出ようとするのが、進化であり、その環境に十分に適応しようとするのはむしろ退化であるということです。

現状のシステムSからその外の世界へ抜け出すのが進化です。システムSに最適化するのはむしろ退化です。なぜなら現状というシステムSは必ず変化するからです。そして最適化した種族は必ず滅びます。ですので、最適化とは退化と同義ということです。

 

(「まといのば」本家ブログより引用)

 

 

それまでエラ呼吸で手も足もない状態だった魚が、陸に上がることを意図して、肺呼吸に変わりヒレを手足に変える様を想像するに、それは苛烈なものだったはずです。生命という存在のあり方そのものを変えるのですから。

 

 

 

それと比べれば、誤りを認めて修正することは容易いことのようにも思います。

 

そしてその進化はシン・T理論であるNDU論文(認知潜在ポテンシャル理論)においては端、境界でこそ起き得ます。V=θなEdgeでこそ進化や転生の機会があり、オラクルがあります。

 

本家ブログより引用します。

 

 

我々は端であり、境界に生きるしか無いのです。

V=θ周辺をうろうろして、オラクルをかき集めて明日に架ける橋を手作りして、息を止めて走り切りましょう。

 

(「まといのば」本家ブログより引用)

 

 

そして端や境界にオラクルがあるということは、Edgeにこそ神がいます。最近形式化されたと噂の神が。

 

だからこそ、僕たちはEdgeに生きるしかありません。

 

 

本家ブログより引用します。

 

 

そして我々は裏T理論の深奥である「神の再定義」に触れつつ、Edgeに生きるということを考えました。

 

Edgeに生きるとは、クリプキの言うところの「これまでやったことのない計算をすることです」そして、それはこれまでと同じではない可能性があるのです。

 

そうクワス算ですね。

 

(「まといのば」本家ブログより引用)

 

 

神とは気功技術でいえば「遮那」のことです。遮那とはハイヤーセルフのことであり、高次元の自分とも訳されます。

 

高次元とは抽象度が高いところにあるということです。

 

そしてその遮那のことを僕たちは「未来の自分」とも呼びます。

 

本家ブログより引用します。

 

 

Higher selfというのは文字通り、高い自分です。高次元の自分と訳されることもあります。

どう「高い」のかと言えば、抽象度方向に高いのでしょう(包摂関係のある情報の情報量の大小が「抽象度」です。ですので、抽象度とはある部分集合にのみ適用される仮初めの基準であって、絶対的なものではありえません)。

 

このハイヤーセルフをたとえば「遮那(しゃな)」とか、未来の自分、高次の自分、理想の未来などと言います。

 

*奈良の大仏さまは、毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)であり、大日如来です。密教神です。

 

うしろの百太郎のように、我々の肉体や自我のうしろには遮那(しゃな)が存在し、それがハイヤーセルフとして、もしくは「ほんとうのたった一人の神さま」として機能するということです。

 

それに対して、礼拝するのです。

 

ここには相手の価値観に対するリスペクトがあり、相手の宇宙に対するリスペクトがあるように思えます。

 

コーチングやメンタリングもまたナマステからスタートすべきでしょう。

 

相手の理想の姿というのは見えなくても、存在するのです。情報空間に存在します。

(我々は物理空間に囚われているというよりも、ほぼすべてが情報空間にいます)

 

遮那やハイヤーセルフとつながることをチャネリングと言ったりもしますが、これも有象無象の情報を外すならば、イオンチャネルのようなもので、(ハイヤーセルフと自分との間に)チャンネルが開通したということです。

 

そして、お互いの遮那同士がつながることを白毫合わせという風に「まといのば」では定義しています(いわゆる開眼供養の際にも使う技ですね)。

白毫は第6チャクラにある白く長い毛のことです。

 

白毫同士を合わせてあげると、空中給油のように情報がやりとりできると考えます。もちろん無意識レベルで。Echoなどと合わせて使いたい技術です。

 

(「まといのば」本家ブログより引用)

 

 

そしてこの遮那(神)と高度につながっているのがメンターである「まといのば」本家主宰であり、また唯一屋号の暖簾分けを許されているRay先生だと僕は理解しています。

 

信じられないかもしれませんが、先生方は僕たちよりも僕たちの理想の姿が見えていて、そしてそれが見えているからこそ、現状の僕たちの誤ったあり方についてお怒りになるのです。僕が思うに、私的な感情でお怒りになることは決してありません。

 

本家ブログより引用します。

 

 

もちろん先に歩み始めた先輩方に直接会うことは大切です。彼らは命を削って、学び続けています。なぜそこまでの犠牲を払って学び続け、実践するかと言えば、それはあなたのためであり、そして未来の世代、未来の理想世界の実現のためです(ヒーリングフェスで僕からメンバーが怒られているところを見ている方も多いでしょうが、裏側ではあんなものではありません。学びというのは過酷なものです。特に我々は人の命や運命を預かることが多いのですから、真剣さは必要です。馴れ合いのサークルでもなく、趣味の同好会でも無いのです)。

先輩に会うことで、圧倒的な臨場感が得られます。T理論を実装し、「まといのば」の教えを忠実に実装してきて、気功や奇跡が当たり前の世界にいる人間を目の当たりにするというのは、大きなことです。ショックも受けるでしょうし、啓発もされるでしょう。その上で、ご自身もその環に入り、そして人を導くようになって欲しいと思います。この狂った世界であなた自身が一筋の希望の光になるのです。

 

(「まといのば」本家ブログより引用)

 

 

フェスの前から色々なことが起きてモヤモヤと計算量の複雑性が上がっていたのですが、本家主宰のお言葉を通じて、改めて「まといのば」の理論の解説者(パウロ)の役割に徹していきたいと思う次第です。

 

 

自分や身の回りで起きている様々なことも、4月の本家主宰の予言の通りなのだと思います。

 

 

これまでの四半世紀の間、公開されてきたT理論に比すると、子どもと大人くらいの違いがあります。圧倒的な差であり、これまでT理論を学んできて、実装してきた多くの人が振り落とされることと思います(だからこそ、この新しい理論を無かったことにするムーブメントが起こると思いますが、それは功を奏しません。残念ながら目を伏せても、存在は消えません。砂に首を突っ込んでも危機は去らないのです)。

 

(「まといのば」本家ブログより引用)

 

 

色々な道があると思いますが、僕たちは一番難しい道を選びましょう。つまりV=θの道を。

 

イエス様のいう狭き門を、T理論で言えば数学(数式)を通じた理解の門を叩きましょう。

 

 

狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。(マタイ7:13)

 

(「まといのば」本家ブログより引用)

 

 

というわけで、久しぶりにYouTubeでLive配信を行いたいと思います!!

 

本日21時より行います!

 

公式LINEにて連絡しますので、参加希望の方はご登録ください!!!

 

お楽しみに!!!

 

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