HSP・HSCについては学ばせていただいている
公美子さんが昨日、久しぶりに書いた記事をブログで紹介してくださりました。
公美子さんありがとうございます😭✨
本当に停滞しているというのが明らかに自分でも周りから見てもわかるほど
気持ちがすぐれない日々が続き
あまりの苦しさに
早すぎる更年期なのか?
ホルモンバランスの不調?
うつ病になったのか?という思いもよぎりました。
そのくらい自分でも自分がおかしいなって思うほど苦しかった。
それでも、
私の思考は、
動き続けようと働き、立ち止まることをなかなか許してくれなかった。
いつもに増して
あれもやらなきゃ!これもやらなきゃ!と自分を奮い立たせるが、本当に驚くほど、やる気が湧いてこない。
そして、子どもたちが夏休みで毎日いる。
ゆっくり1人の時間を持つこともなかなか難しく
心身共にこんな絶不調なことってある?!っていうような状態。
そして、耳が突然聞こえにくくなり、強制的に立ち止まることとなった。
そんな渦中で、
もがき苦しんでいた時
ちょうど公美子さんがトランジションについてブログを書いてくださり、
トランジション(変化の前)ってこんなに苦しいの?!という想いを抱きながらも
この先にきっと何かあるとただただ信じて、
『停滞をなんとかしようとするのをやめて、立ち止まる時間を持つ』
『何もしないということを頑張る』
とにかく子どもたちとたくさん汗をかいて、
たくさん空を見上げる。
今年はそんな夏でした。
公美子さんのこのブログを読ませてもらって、自分で書いたはずの言葉で、読んだことあるはずの言葉なのに、なぜだか体が震えて鳥肌がとまりなくなりました。
頭ではそれがなぜだか、わからないから、ピッタリくる言葉がでてこない。
でも、カラダと魂がこれだよ!って確実に反応してるような感覚。
4年前、娘の偏食をきっかけに、
『自分の子どもの食事もきちんとできてないわたしが管理栄養士の仕事して、人の食事のアドバイスするなんて、おかしい、できない。』
そう思って、悩みに悩んだ結果、
環境もよく、やりがいもあり、安定の保障されていた仕事を手放して専業主婦になった。
『仕事はやめて、子どもときちんと向き合おう!』
誰にいわれたわけでもなく、自分で決めたのに、
『子育ても仕事もちゃんとできてるお母さん』
『安定した収入』
を手放したことがずっと怖かった。
そして、どこかでそれを納得しきれてなかった。
だから、
仕事と子育てを両立してるママたちをみると
とにかく劣等感が湧いてくる。
『ほんとはわたしだって、できるんじゃないか』
『でも、今のわたしに何ができるのかわからない』
そんな想いが湧いてくるたびに、
これならできるかなと思えるものを見つけては学び、
でも、
それがうまく仕事に繋げることができない自分を何度も何度も責めた。
そして、人と会うことも少なくなり
刺激の少ない生活に慣れれば、慣れるほど
また社会で働くことができるのか?できなくなるじゃないか?という不安が大きくなっていった。
わたしはこの先どうなるんだろう?
この不安や情けなさや恥ずかしい気持ち、劣等感を真正面からみることができなくて
ずっと子育てと仕事を両立できるような誰からみてもすごいねって言われるようなお母さんになりたいと思っていたんだ。
そうなれたら、もっと自分のこと認めてあげれるような気がしてたから。
でも、外側に何かを追い求めるのをやめて、本気で自分の内側だけをみようと立ち止まった時
どれほど、もがき苦しみ、自分を責めていたのか初めて客観的に自分をみることができた。
そして、
わたしが『今』欲しいと思っていたのは
立派な仕事や高収入よりも
『感動で心が震えて、自然に涙が溢れるような経験がしたい』
そんな想いだった。
この言葉に、たどり着けたおかげで、
『わたしにとっての心の震える経験?って何?』と考えてみることができた。
ずっと追い求めていたもの。
誰からみても立派なやりがいのある仕事や十分な収入。
仕事と子育てを上手くこなせる立派なお母さん。
専業主婦のわたしは、自分の思い描く理想には程遠くて
だから、ずっと何かが足りないって思っていた。
『今』のありのままの自分を認めることができてなかった。
きっと、それが、ずっと苦しかったんだ。
でも、
本当に欲しかった心の震えるような感動や自然と涙がこみ上げてくるような瞬間は
今、目の前にある
毎日子供たちと過ごす何気ない日常にたくさんあった。
遠くばかり見て、何にもみれてなかった。
まさに『灯台下暗し』だった。
それに、ハッと気づいた時
わたしが安心して、子育てに専念できる環境を作ってくれてる旦那さんや両親やおばあちゃんや友達の存在の大きさを知った。
『神様、わたしの願いをこんなにたくさん叶えてくれてありがとう』という想いと
この子たちのお母さんでいれる毎日が続いていること
わたしがいなくなると、すぐ気づいて夜泣きする子どもたちにあんなにイライラしてたのが嘘のように
わたしがそばに行くだけで、安心して泣き止んでくれる
こんなイライラしたわたしなのに、そんなわたしでさえも、『ただ、そこにいること』をこんなにも必要としてくれる存在がいてくれること。
子どもたちは、本気でどんなわたしも受け入れてくれてたんだ。
子どもたちの愛の大きさに涙が溢れてきた。
今のわたしにとって、
これほど必要としてもらえて、私だからこそできるやりがいがあるって胸をはっていえる幸せなこと(仕事)はあるだろうか。
毎日、心の底から怒ったり、悲しんだり、悩んだり、喜んだり、笑ったり、微笑ましいなって思ったり。
『内側からこみ上げてきて、震えるほどの感情も味わいたくてわたしは生まれてきたんだよ』
そんな言葉がわたしの中から聞こえてきた気がした。
HSCちゃんの子育ては本気で大変だけど、本気でたくさんの感情を味わうことができる。
怒ることはよくない。
泣いてはいけない。
今、ここでは、笑ってはいけない。
といつのまにか自分の中から溢れてくる感情を押さえてきたわたしが
子どもたちのおかげで、
いつからか忘れていたこのありのままに感情を味わうという感覚を取り戻すことができた。
こうして子どもたちと一緒に思う存分、
腹の底から素直にありのままの感情を味わい、ぶつけあえる時間こそ
ずっと思い出したかった心から求めていたものだったんだ。
仕事や収入を得ることばかりを求めてたわたしは
『何も中断せず、仕事に集中できる時間があってうらやましいな。
ずるいな。』って旦那さんに思うこともよくあった。
でも、ふと
『今しかない、5歳、4歳、1歳の子どもたちの姿
その瞬間、瞬間を見逃すことなく近くで見れるわたし
旦那さんは逆にうらやましいんじゃない?😍
そして、この貴重な時間をもっともっとたくさん旦那さんと共有できる人生がいいな』
そんな気持ちになりました。
すると、
旦那さんが
ふと、『在宅でできる仕事できたらいいのにな』なんていいだして、
少しずつだけど、動き始めて
この先本当にわたしのこの願いが叶う日がくるのかな?
そう思うとワクワクしてくる。
同じように続く日常からこんなにも感じること、受け取り方がかわってきた。
人からみて明らかにわかる決定打や大きな変化があるわけではないけど、わたしの中で明らかに何かがかわってきているのは確かだ。
内側で大きな変化が起こっている。
『どこに向かうのかな?』
『何に興味持ってたちどまったのかな?』
『今日は雨の降りそうなにおいがするなー』といつもと違う空気の匂いの変化をゆっくりと感じながら
トコトコ歩く1歳の息子のうしろをただ黙ってついていく時間
はぁー、幸せだな。
上の子たちの時には、
偏食に奮闘中で
ちゃんと食べれるようにしなきゃ!とか
少しでも早く仕事に復帰しなきゃ!と必死で
こんな子どもとのゆとりのある時間やゆとりのある気持ちなんてもてなかったな。
今までのわたしにとっては、どこにも何にも繋がりそうにない時間。
そんな時間あったら、(何かに繋がりそうな)〇〇なことをしたいし、したほうがいいってすぐに思って
子どもたちに『早く早く!』って急かしてばっかりだったな。
上の子たちごめんね。
でも、
実際にゆっくりと流れる時間の中に身を置いてみると
この中にたくさんの感動や豊かな時間が流れていた。
子どもを産んでから
『早く食べなきゃ!』
『早くしてあげなきゃ!』
『早く連れて行かなきゃ!』
無意識に感じていた『早く早く』というプレッシャーから解き放たれて
『ゆっくり、しっかり、丁寧に目の前のことを味わう。
そんな人生を送りたい』
本気でそう思った。
そして、
思いっきり、怒ったり、泣いたり、笑ったり。
とにかく思いっきり。
抑えきれなくて涙が溢れるくらい思いっきり感動や
感情を味わおう。
今日も、本気で思いっきり怒って、
本気で思いっきり笑う。
そして、ちゃんと仲直りして眠ろう。
『怒ってごめんね。でも大好きだよ』って子どもたちと話しながら眠りにつく時間。
こんな穏やかな時間をもてることで、何より心が満ちてくる。
ずっーーーと、何をしてても、胸の真ん中にあったモヤモヤしたものがスッと消えてくれる安心できる時間が少しずつ増えてきています。
先のことは、全くわからない。
どこに繋がってるのかな。
今まで思い描いていたような未来に例え繋がらなかったとしても
それすら、あまり気にならなくなってきた。
だって、心はフワッと力が抜けて安心してるから。
ただ、この感覚が続きますように。
それが、今のわたしの1番の願いかもしれない。


