『童貞が草原で転生を信じた』
第四幕
魔人の全身から放たれていた妖気が分散して空気に溶ける。陽太の持つ崑崙山の霊木から作ったと言われる霊刀が、魔人の胸を貫いていた。すでに肉体が朽ち果てていた魔人は、自らを漆黒の煙に変えて空高く舞い上がり宇宙へと還っていった。地球の意志である精霊と、そして自らの存在を呪いながら。
そして、間もなく空の色が赤紫から深い青へと変わった。空の色を確認すると、陽太はその場に倒れ込んだ。葉介も、海斗も、そして紅香も同様に全生命力を霊力に代えて魔人と戦ったため、すでに意識は残っていなかった。魔人は闇に還り、戦士たちは倒れ、そして戦いは終わった。
葉介が意識を取り戻した時には、すでにそこは穏やかな草原に戻っていた。事の顛末は見られなかったが、どうやら陽太が魔人との決着を付けてくれたらしい。自分たちの戦士としての役目は、終わったのだ。安心した途端に、心地良い眠気が葉介を誘った。
青空を流れるあの雲を見つめながら、このまま眠ってしまいたい。遠くから吹く風が揺らす草が時々頬に当たるのが少しくすぐったく、だけど心地良い。こんな穏やかな草原に寝転がっていると、さっきまでのあの時間が、そして魔獣や魔人と戦ってきた日々が嘘のようだ。
「いっそ、全部嘘ならよかったのにな。」
心の中でつぶやいて、葉介はもう一度目を閉じた。あんな戦いの日々は全部嘘で、本当は明日からもまた俺たち兄弟で生きていくんだ。そんなありえない妄想を抱いている自分が可笑しくて、葉介はもう一度目を開けた。
寝転んだまま、顔を横に向け風の吹く草原を見渡すと、そこには葉介と同じように倒れている兄弟たちが見えた。尊敬する兄である陽太。親友でもあり悪友でもある海斗、そして今でも想いを寄せる紅香。ここには、宙の姿はない。これでよかったんだと、葉介はもう一度自分に言い聞かせて、そして最後の眠りに付くべく目を閉じた。
「介兄!!」
ここで聞こえるはずのない声で、ここで呼ばれるはずのない呼び名で呼ばれて葉介はもう一度だけ目を開けた。そこには、ここにいるはずのない宙の姿があった。
「介兄、みんな、大丈夫?死なないで!」
「宙…。お前は、いつもどこにでも無理矢理付いてくるよな…。」
そういえば、いつか空き地にエロ本を拾いに行った時も宙は無理矢理付いてきたことがあった。あの時は、宙のせいで陽太と紅香にひどく叱られたものだ。今回は、戦いが終わるまで見つからなくてよかったと、葉介は少し笑った。
「どうして僕を置いていったんだよ。僕がろくに戦えない足手まといだから?」
足手まといなんかではない。むしろ、宙こそが本当のヒーローの基質を持った人間であると葉介は思っていた。自分たちは戦いの意味を考えることを放棄して、言われるがまま魔物たちと戦ってきた。ヒーローというよりも、ただの兵士だった。
しかし宙だけは違った。本当に戦うべき相手なのか、本当に意味のある戦いなのかを自分自身に問いていた。これから平和な未来を作っていくのなら、宙みたいな人間が必要だ。
「お前…だけ…なんだ。未来に…行けるのは。」
意識が朦朧としてきた葉介は、なんとか力を振り絞って宙に真意を伝えようとした。
「…俺たちは、装置の副作用で、どっちにしろ…先が長くない。命を削って、霊力を…引き出していたから…。」
宙は涙を流しながら葉介の手を握って首を横に振った。それでも、葉介が命がけで何かを伝えようとしていること理解した。
「…子どもも、作れない身体になった。…俺達は、戦うことしかできなかった…。だから…。」
最後の力を振り絞って、葉介も宙の手を握り返した。
「お前は…俺たちが出来なかったことを、やってくれよ…。これからは…戦いじゃなくて、平和な日常の中で…大切にしたい人と出会って…結婚して、子どもを作って…、家族を作って…幸せな…。」
葉介の声は、もうかすれてほとんど出ていなかった。だけどきっと、宙には伝わったはずだと葉介は信じた。陽太兄ちゃん、紅姉、海斗、俺たち兄弟の願い、確かに宙に託したよ。
薄れていく意識の中で葉介の脳裏に浮かんだのは、やはり愛しい兄弟たちだった。みんな、もう力尽きて死んでしまっただろうか。死という単語が頭をよぎり、いつだったか紅香が言ったことをふと思い出した。
「そう、私達が死んだら、肉体は分解されてまたどこかの命の糧になる。そして魂はまた別の命に宿って生まれ変わるの。」
今なら、紅香の言っていた魂の生まれ変わりも信じられる。もし姉弟として出会わなければ、自分は紅香と恋人になれるのだろうか。「それもいいかもな」と一瞬思ったが、葉介はすぐに頭の中からその願いをかき消した。今度生まれ変わるとしても、紅香とはまた姉弟として出会いたい。紅香だけでなく、陽太とも、海斗とも、そして宙とも…。
これまで、地球のためにひたすら戦って来たんだ。それくらいの願いは、叶えてもらえたっていいだろう。どうか、今度生まれ変わるときも、みんなとまた兄弟になれますように…。
青い風の吹く草原の中で、自らの青春と未来を犠牲にして戦士として戦ってきた一人の男が、転生を信じて静かに眠りについた。
(完)
『童貞が草原で転生を信じた』
第一幕
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第ニ幕
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第三幕
https://ameblo.mom/hamasakidende/entry-12458165551.html
第四幕
https://ameblo.mom/hamasakidende/entry-12458165847.html