こんにちは。忙しいあなたを健康サポート
いつでも簡単に免疫力をアップする方法をお伝えする濱西です。
初詣が楽しくなるお話をしていきましょう。
八幡神社、稲荷神社は、イエス・キリストが祀られているというお話です。
これを読み進めていくと、益々日本という国が深い国であることがよーくわかってきます。
それと同時に、なるほど!そうだったのか!と合点がいくところも多いです。
これは知っておいて損はない、情報ですので、初詣前に是非ひとつ読んでみてください。
前・東大阪市議会議員 財団法人理事 木村 正治さん fbより。
参考になれば幸いです。
以下参考:
我が国の古代豪族に蘇我氏がいます。
蘇我氏の蘇我を見ていたらお分かりのように、蘇我とは「我は蘇る」という意味ですね。
我は蘇るという意味を名字にしてきた一族の蘇我氏とは何者だったのでしょうか?
我は蘇る、と聞いて何かを連想しませんか?
蘇り、つまりイエス・キリストですね。
蘇我氏系の皇族に聖徳太子がいます。
聖徳太子は幼名を厩戸皇子(うまやどのおうじ)と言い、イエス・キリストと同じように馬小屋で生まれたとされ共通性があります。
何故、共通しているのでしょうか。
我は蘇るという意味を名前に掲げていた蘇我氏は何か大きな使命を担っていたのではなかろうかと私は推察しています。
イエス・キリストは白人ではなく東洋系です。
イエス・キリストを随想しているうちに様々に蓄積してきた認識や見聞が惹起(じゃっき)されてきました。
蘇我氏の本家は中臣鎌足と中大兄皇子により討伐され蘇我氏本宗家は滅亡。
分家や他の一族も蘇我という名字を名乗れず様々に名前を変えて各地に分散しました。
教科書では大化の改新と賛美されていますが私は素直に権力闘争によるクーデターの成功だったと認識します。
失敗していたら大化の改新は飛鳥の乱として中臣鎌足や中大兄皇子は露と消えていたでしょう。
イエス・キリストは復活の象徴。
我は蘇る、蘇我氏。
蘇我氏系の皇太子だった聖徳太子。
イエス・キリストと聖徳太子は共に馬小屋で生まれた共通性がある。
蘇我氏を紐解く事が日本の何事かを紐解く事になるのではないかと私は感じています。
欧米支配階級は我が国の事を神の国だと認識しています。
だから目障りなのだと。
だから必ず地上から抹殺するのだと。
私達日本人が執拗なまでに攻撃を受けるのはそのような欧米支配階級の信仰によります。
日本は深いです。
では日本や日本人とはいかなる存在なのでしょうか。
本当の事は記録にされない事もあります。
権力により迫害されるからです。
人々は迫害から逃れるために伝承や口伝、歌などに暗号にされて語り継がれている場合がある事に気付きます。
各地を訪ね歩くことが好きな私は次第に様々な言い伝えや伝承、土地の物語に触れるうちに気付きを得ていきました。
日本は日の本と言い霊の元、ひのもとであります。
鶴と亀がつべった、つまり統べったとカゴメの歌にあります。
鶴と亀。
これは何を意味するのでしょうか。
私は鶴族と亀族の事だと認識しました。
3000年程前に囚われの身となり国家を失った民族がいて陸路で東に亡命してきた一団を鶴族、黒潮に葦船を浮かべて海路で東に亡命してきた一団を亀族と言います。
それらがやがて合流して統べった、つまり統合されたのでしょう。
どこで?
それは鶴亀山、つるぎ山、剣山を切り開いて作られたコミュニティーにおいて。
日本人とは、太古日本人つまり縄文人のいた日本列島に東に東に亡命してきた一団とが時に戦い融合してできた民族でしょう。
東に東に何世代にも渡り亡命してきた一団が新たに大和民族という名称のもとに新しい地で蘇りを果たした、それが日本になっていきます。
日本の神々は聖書、ギリシャ神話、古史古伝を深く知らなければ分からないと聞いたことがあります。
何と深遠なことでしょうか。
ロマンを感じます。
沖縄や奄美大島にもイエス・キリストが訪ねてきたという言い伝えが随所に残っていて2015年春に奄美大島を訪れた際に地元の経営者にその旨を尋ねるとその通りですと答えました。
確かに奄美大島にはやたらと教会が多く存在していたのも印象的でした。
モーセが神から授かった十戒を刻んだ石板やマナの壷、アロンの杖を収めた契約の櫃(ひつ)を大切に守りながら古代イスラエル10支族は東へ東へと安住の地を求めて日本の淡路島や四国にたどり着き、全ての過去を封印し新しい民族として生まれ変わった
とも言えます。
その契約の櫃(ひつ)の事を聖櫃(せいひつ)、アークと言います。
それから700年程の歳月が流れ、1人の王子が琉球の久高島に渡り様々な修行をしてそこから4年の歳月をかけてエルサレムに向かい、東の果てに新しく蘇った国家の存在を知らせに行ったのですが信じてもらえず十字架にかけられ、はりつけにされます。
その王子とは東洋人であるイエス・キリストです。
ちなみにインドにもイエス・キリストが来たという言い伝えがありイエス・キリストが死んだとされるのは33歳の時です。
アレクサンダー大王が死んだのも33歳でしたから何か33という数字には意味がありそうです。
イエス・キリストは今日でいうところの闇の勢力、ディープステイトによりはりつけにされますが、処刑の直前に大地震が生じて槍を持っていた兵士が恐怖してイエス・キリストの急所を外したと云われています。
四国にはイエス・キリストは日本に来て剣山の麓で死んだという言い伝えが何故かあります。
イエス・キリストは剣山の山麓のどこかに埋葬されたとも四国には伝わります。
またイエス・キリストは日本に亡命してきて古代天皇の1人になったという言い伝えもあります。
これはどういう意味でしょうか。
またイエス・キリストははりつけで仮死状態となりその時のイエス・キリストを遺体と見なして包んだ布、つまり聖骸布(せいがいふ)は三重県志摩市の志摩一宮である伊雑宮のどこかに秘されているとも云われています。
何やら深いですね。
四国の言い伝えを基にするならば、失われた古代イスラエル12支族のうち10支族が東へ東へと亡命して日本に辿りつき、新約聖書の民として大和民族に生まれ変わったという事を知らせるために東洋人のイエス・キリストが天皇の使いとして4年間かけてエルサレムに遣わされて当時の中枢に説得を試みましたが700年が経過していた事もあり信用されず十字架にはりつけにされます。
イエス・キリストは仮死状態だったために3日後に蘇生して「神に応じた人」として日本に戻り応神天皇になったと四国の言い伝えにはあります。
また仮死状態になっていたイエス・キリストを包んだ布は聖骸布(せいがいふ)として伊雑宮のある場所に秘されているとも云われています。
古代や太古の本当の話は表になって伝えられている歴史とは年代が合わない事もありますが西暦が幕末まで無かった日本では、明治政府が学者に命じて強引に西暦に合わせたために年代が合わないから嘘だとも言えません。
私は言い伝えも重視しています。
日本に最も多い神社は八幡神社であり御祭神はヤハウェです。
ヤハウェとは旧約聖書の神です。
またやがて御祭神は応神天皇にもなります。
また稲荷神社は商売繁盛の神ではなく本当はインリ、INRIでありこれはイエス・キリストの事です。
ですから稲荷神社も本当はイエス・キリストの事になります。
イエス・キリストは東洋人です。
イエス・キリストは白人ではありません。

