夜間大学を卒業後、親元に戻り福祉の現場で働き出しました。

けれど腰を痛めたことで、この仕事を将来的にも続けるのは厳しいと思うようになりました。

理想だけ高いのに実力も伴わず、まだまだ世間知らずで捻くれ者だった私。その職場に色々迷惑をかけたし、うまく人間関係を築けませんでした。

26歳の時、一大決心をして専門学校に入り直すことにします。

自分の身体なのに、自分以上に身体の状態をよく理解し、支えてくれたリハビリの先生方。その仕事に強く憧れました。

以前から精神医学を学びたい気持ちもあり、作業療法学科を受験しました。

国立の学校には合格できず、学費が比較的安く、家から通える専門学校に入学します。

入学したものの貯金を使い果たし、諸々の事情から学費が払えない危機に陥りました。

退学するしかない…、となった時、クラスメイトが奨学金制度のある医療機関を紹介してくれました。

つてを頼っての紹介だったので、入学時に遡って奨学金を出していただき、おかげで無事に卒業できました。
本当に本当にありがたかったです。

ちなみにこのクラスメイトは、その後わけあって退学し、元の仕事(保育士)に戻りました。社会人経験者の私達は、学費を自分で工面していた人も多く、単位を落として留年するわけにはいかず猛勉強しました。




専門学校時代は音楽を楽しむ余裕などなかったけど、学びたいことを学べる、充実した貴重な3年間でした。


卒業後はその医療機関で働き、その後結婚。

「結婚より、資格を取って働こう。」
そう思って入った専門学校でしたが、そこで今の夫と出会います。

不思議ですが、ご縁があったのかな…。   

結婚後は親元を離れ、夫の職場がある滋賀に住み、仕事と子育てに追われる日々が続きます。

クラシック音楽に親しむこともなくなり、安曇野へも足が遠のきました。

日々をこなすのに精一杯で、何でも人や環境のせいにするようになり、自分軸のかけらもないような生活になっていきました。