前々回と前回の2回にわたって、己の非を認めることの意味とごめんなさいという言葉が持つエネルギーとその効果についてお話しました。


これらの記事を書いていた時に、新型コロナパンデミックが始まった頃に投稿した↓の記事の中で書いた「豊臣秀吉は敵に頭を下げたけれども家臣に頭を下げることはできず、家康公は敵はもちろん、家臣にも頭を下げた。その結果、豊臣家は二代目の秀頼の代で滅び、徳川家の天下は200年以上続いた」ということが念頭にありました。
この両者の違いについて考えた時に、両者の生い立ちの違いが背景にあった、ということが、豊臣兄弟やどうする家康を見ているとよくわかります。

豊臣秀吉が敵に頭を下げることを躊躇しなかったことが、当時はもちろん後世の人からも「人たらし」と評される要因だったことは明らかですが。

それは、農民出身でなおかつ幼い頃に父親を亡くして非常に貧しい生活を送っていたことが影響していたのではないか?と豊臣兄弟を見ていて感じました。

当時は江戸時代のように身分階級が明白にされていなかったので、社会的地位=経済力みたいな感じだったように思われます。

そういう意味では、現代の感覚に近いものがあるかもしれませんが。

当時の社会の最底辺の地位から頂点に成り上がろうという野望を持っていた秀吉にとって、どんな相手にも頭を下げることは日常茶飯時だったと思われますし、日々の生活に必要な食料を得るために、他人に頭を下げることが効果がある、ということを人生経験で実感していたんだろうな、と思いました。

私も、両親との親子関係や弟とのきょうだい関係の中で、たとえ自分の方に非がなくても理不尽に頭を下げざるを得なかったり、また中学時代の部活の中で先輩と後輩の上下関係や、社会人になってから、上司だったり得意先だったりに理不尽に頭を下げなければいけない経験を数え切れないほどしてきたことから、「頭を下げるぐらいはほんの一時的で形式的なものだから、それをすることで手に入れる信用や成果に比べたらどうということはない」と思うようになりました。

秀吉の主君の織田信長や武田信玄、上杉謙信というような、当時の戦国武将たちの感覚では、それこそ野良猫の社会と同じで、一瞬でもつけ込む隙を作ったら命取りになる、というところがあったので、敵に頭を下げる、ということは一歩間違えたら死につながりかねない、ということもあって、非常識なことだったと思われます。

そういうことから、敵に頭を下げることで調略して味方に引き入れる、という秀吉のやり方が効果を発揮したんでしょうね。

そうやって、秀吉は天下人となり、関白太政大臣という、位人臣を極めることとなったのですが。

その反動で、自分の身内で格下の者=家臣に対しては、人一倍尊大に、横暴に振る舞うようになりました。

それが、秀吉の死後、有力大名達が豊臣家から離れていき、権力が徳川家に移る原因になったと思われます。

秀吉の死後、天下人になった徳川家康公が家臣に頭を下げることになった理由について考えてみますと。

まず、祖父の松平清康と父の松平広忠の二人が家臣に裏切られて殺害されている、ということがあると思います。

そして、父の広忠が殺害された時、家康公はまだ幼く、既に織田家の人質から今川家の人質になっていまして。

そのため、母方の叔父でもある酒井忠次や石川数正といった松平家の重臣達が父親代りになって育てました。

それだけでなく、今川義元の軍師だった太原雪斎が師となって英才教育したということなどもありますが。

幼少期から織田家と今川家の人質になり、祖父と父が家臣に殺害されている、という事情から、他人に気を遣って生きざるを得ない状況で成長したために、目上の人や敵はもちろん、家臣にも頭を下げることを苦にしない、という具合に人格形成されていったんだな、とどうする家康だけでなく安部龍太郎さんの


 

 を読んで痛感しました。


そう考えると、私が「頭を下げるなんてほんの一時的なことでどうということはない」と思うようになった過程に似ているようにも感じます。


まあ、毛利元就公も人質にはされていないものの、家臣達が大内家や尼子家と内通者ばかりで信用できず、そういう油断ならない状況で父親と兄が酒に溺れて命を縮めてしまったという事情が家康公の成長過程の事情と似ているかもしれません。


そんな風に考えると、自分の非を認める、あるいは他人に頭を下げるという行動は、弱者であったり身分が低い者が取る行動だという訳ではなく、その行動に対する考え方や価値観が、その人の意識の高さを示すことになるのではないか?と感じました。


私が大学時代に、出身大学の卒業生で結婚後に夫の仕事の関係で長年アメリカで生活されていた英語の先生から、「アメリカではたとえ自分に非がなくても、謝ってしまうと非があることにされてしまう」という話を聞きました。


私が先生から聞いた実例は、車の事故でのことなんですが。


法制度上でも、「自分にも少しは落ち度があった」と認めてしまうと、たとえ客観的事実で相手側の落ち度が100%だったとしても、謝った方が非があることになってしまう、ということだそうで。


バブル崩壊後、日本がグローバル経済に方向転換した頃から、アメリカの「謝った方が悪い」という風潮が蔓延するようになってきたと感じました。


それ以前に、昭和前半の世代の戦前の軍国主義教育の名残の影響もあって、私の両親のような価値観の人が幅を利かせていたように感じます。


けれども、私の両親の価値観の人の考え方やごめんなさいという言葉のエネルギーについて考えたり、豊臣秀吉と家康公の人生とその子孫への影響について考えると、アメリカ的な価値観が日本の経済や社会を向上させるどころか更にダメージを与えることになったのではないか?と感じました。


私は見てはいませんが、


 

 

という映画で、若き日のドナルド・トランプが成功を得るために「絶対に自分の非を認めるな」という教えを実行しているくだりを予告編で見まして。


これが今の世界情勢に影響を与えているトランプ政策の背景にある価値観なんだな、と思いました。


だとしたら、アメリカという国が今後どんな運命をたどることになるのか…ということも、予想することができるのではないかと思いました。