↓の記事で、ちょこ3さんのブログの記事を手がかりに、私の母親の視点から見た、私自身について書いてありますが。
その中で、私のことを出雲大社の神様にお願いして授けてもらった子、という書き方をしていますが、両親が新婚旅行で島根県の出雲と松江に行ったそうで、実際に母親本人が言っていた事でもありました。
それで、10年前ぐらいに私が家族旅行で出雲大社にお参りした時に、母親の生霊の気配を感じたことを思い出しまして、もしかすると、両親、特に母親との葛藤の根源は、古代の出雲に関わる過去生ではないか?ということに気がつきました。
その当時の私は、前に住んでいたマンションの同じ棟の奥さんの生霊に悩まされていまして。
戦国時代の過去生がわかった当時だったこともあって、拝殿で神様に「この戦に勝たせてください」とお祈りしていました(^_^;)
まあ、その当時の私は、生霊と戦っている感覚だったんですけれども。
私が生まれた当時、両親は大阪(旧国名だと河内地方)に住んでいまして、1歳の頃に実家の祖母が同居したいと言うので奈良に引っ越しまして、引っ越しした直後に、父方の伯母の夫婦間のトラブルに巻き込まれまして。
この件が、私と実家の親族の葛藤だとか不信感の根源となっている、ということは明白になっています。
まあ、私の年齢では、何があったのか、全く理解してもいなければ、記憶も全く無いのですが。
母方の祖母から、だいたいのことは聞いて知っています。
当事者だった実家の祖母や父方の伯母からは、その時の謝罪どころか、その時のことに触れる言葉が出たことは一切ないので、恐らく、祖母にとっても伯母にとっても黒歴史というか、なかったことにしてしまっている事柄なんだと思います。
なので、当時の記憶が辛うじて残っている可能性が高い一番上の従姉にしても、触れたくなくて闇に葬ってしまっていることなんだろうと思いますが。
私にしてみれば、そうは問屋が卸さない、ということで。
隠し通して、なかったことにして、目を背け続けてまんまと逃げ切ろうとしているんだろうけれども。
祖母は認知症になって死んでトンズラしましたし、伯母がスピリチュアルにのめり込んでいる原因がやっぱりこの一件で、神仏にすがることでこの件をなかったことにしている、もしくは隠蔽しようとして、死ぬまで知らん顔を決め込むつもりなようですが。
伯母がこのまま知らん顔して死んだら、従兄弟姉妹とその家族が尻拭いすることになるというか、カルマのツケを被ることになる、と思いました。
もしかすると、中尊寺の金色堂の阿弥陀如来様や藤原三代の方々は、このままだと親族の業を肩代わりさせられて人生を台無しにされてしまう、という私の無意識の訴えに対して、業を作った張本人達に後始末させるように取り計らってくださったのかもしれない、とも思います。
まあ、私が実家と絶縁して近寄りもしない一方で、父方の従兄弟姉妹達が我が子のような顔をして入り浸っている現状というのは、私を実家で飼い殺しにして両親の介護要員にしようとしていた祖母の目論見とは裏腹に、一番甘やかしてかわいがっていた父方の従姉がまさにその立場に立たされる、ということなんだな、と思いました。
まあ、非物質の存在は、姿形や声色を自由に偽装することができるために、神様になりすました悪魔とか低級霊の類に騙される人は多くて、私も見抜けなくてキツネ憑きになってしまったことがありました。
それで、良心的な存在と悪意ある存在の区別する方法を一生懸命学んできましたし、霊能者の人の中にも、区別できていない人が結構な割合でいる、ということも実際に目の当たりにしましたし。(誰とは言いませんが)
出雲大社で私が母親の生霊だと感じた存在は、母親の生霊もいたんでしょうが、実家の祖母の未浄化霊も明らかにいたんだな、と今になって気がつきました。
祖母が成仏することを拒否してこの世にとどまり続けてまで守りたいというか隠したいことは、やっぱり父方の伯母一家に関わることで間違いない、と改めて確信しました。
まあ、結婚した当初に父親から暴力を振るわれたのは、この件について私が言及したことがきっかけで、仕返しに弟にメールで暴露してやりましたが。
もはや私は、両親と弟に対しても、伯母とその家族に対して復讐してやりたいとも思わず、今後一切関わりたくない、見ざる聞かざるを徹底して、やっとたどり着いた自分の桃源郷を発展させて守ることに専念します。
そのためにも、現世のカルマの元凶となっている、先祖のカルマや過去生のカルマの根源の解消は今後も手を抜くことなく継続していきます。