早いもので、もう5月になってしまいました。

息子は小学校入学から12年間、ずっと学校というものに通い続けてきた訳ですが、学校とは全く違う、作業所という場所に通い、過ごすことになった訳ですが。

私も大学を卒業して就職した時に、同じような感覚を経験したので、理解できるのですが、10年以上も続けてきた生活が変わって、全く違う生活が始まるというのは、普通の人でも不安だし、慣れるまで時間がかかることです。

自閉症の息子にとっては、普通の人以上に精神的に負担が大きいし、慣れるまでに時間がかかると思いますし、精神的に不安定になることもそれなりにありましたが、それでも何とか頑張って作業所に通い続けて、一ヶ月が経ちました。

同じようなことは、引っ越した時、また小学校に入学した時にも経験してきましたし、小学校を卒業して中学生になった時には、中学校での生活にやっと慣れた時に新型コロナの緊急事態宣言での一斉休校がありまして、学校どころか放課後デイにも行けず、家にいなければならない、というようなことが起こったこともありまして、本人にとっても大変な時期だったと思います。

そのせいか、高校は比較的穏やかに過ごせたと思いますが。

そういう大変な時期を息子と一緒に乗り越えたことが自信になって、今は何とか踏ん張れているんだと思います。

その一方で、ひょんなことから息子が生まれる前に作りかけで放置していたパッチワークキルトを完成させることになりましたが。
刺繍やレジン、ワイヤーワーク等と違って、家事や子猫のお世話等の隙間時間にやりやすいので、1日にトータルで1時間できるかどうかの進捗状況ですが、少しずつやってます。

まあ、パッチワークで一番大変なピーシングが終わっている状態で、ひたすら縫うだけだから楽、ということもあると思います(^∀^;)

この機会に改めて、キルトの歴史についてしらべてみました。

はぎれを縫い合わせて作るパッチワークキルトというものは、アメリカの開拓時代に始まったものですが。

それ以前の時代から、ヨーロッパでは、リネンの間に綿を挟んで縫い合わせるキルト自体は存在しました。

現代と同様、布団とかラグに使う他、防寒として使用するために作られたらしいのですが、刺繍と同様、貴婦人の趣味の定番だったらしいです。

ちなみに、ちづこさんが習っておられる布花も、そうした貴婦人の趣味の定番の一つだったそうです。

キルトについては、アメリカ開拓時代以前から存在していたのですが。

パッチワークにしても、現代のように紋様が作られたりして、手芸として確立したのはアメリカの開拓時代のことだったのですが。

それ以前から、はぎれを縫い合わせて服を作ったり、擦りきれた部分にアップリケする、というようなことはダーニングや刺し子等で、世界中で古来から生活の知恵としてやってきたと思います。

実際に、戦国時代の日本でも、山内一豊の妻の見性院(司馬遼太郎の「功名が辻」の主人公の千代として知られる)は、節約術として呉服屋から格安で買い取ったはぎれを縫い合わせたパッチワークの小袖を普段から着用していて、それを見た豊臣秀吉や正室の北政所に気に入られた、という話が残っているそうです。

千代紙は、見性院に因んだとも言われていることから、司馬遼太郎は千代が本名だったのではないか?と考えたそうですが。

それはともかくとして、私は刺し子はあんまりやろうとは思わないのですが、ダーニングとかキルトはなぜか好きなので。

刺し子とかこぎん刺しは、私の過去生的には「賎の女がやること」ということで興味を引かれないようですが。

ダーニングとかキルトとかパッチワークは、過去生でも結構やってきたということなんだろうな、と思いました(^∀^;)

ということは、ヨーロッパでの過去生では庶民の過去生も結構あったということなんじゃないか?と思いますが。

修道女の過去生が多いので、その影響もありそうだな、とも思いました(^∀^;)

南北戦争時代の修道女の過去生では、パッチワークだけでなく、ダーニングもやってたんだろうな、と思いますし。

私が作っているダブルウエディングリングという意匠は、開拓時代のアメリカの若い女性達が結婚準備のために作っていた意匠だとのことですし。

私の過去生の修道女は、婚約者が戦争で亡くなったことから修道院に入ったようなので、このキルトを仕上げるということは、その過去生の修道女の供養というかカルマの解消になるのかな、と思いました。

それで、今、作りかけのキルトをやっていると、過去生の情報が色々と出てくるのですが。

その修道女の過去生なのかそれとも他の過去生なのかはわかりませんが。

知人との過去生での因縁についての情報が浮かび上がってきまして。

南北戦争の過去生の関係で、風と共に去りぬにドハマりしましたが。

その知人は、現世でもそうなんですが、過去生でスカーレットのような華やかな美女で、全ての男性は自分の思い通りになると思っている人でして。

それに対して、私の過去生はメラニーのような、地味で真面目な優等生的な女性でした。

それで、スカーレット的な女性は私の過去生を馬鹿にして見下していたのですが。

その見下していた私の過去生が、スカーレット的な女性が密かに狙っていた男性と婚約したことから、妬まれて恨みを買ったことが、現世でも絡まれる原因なようです( ´;゚;∀;゚;)

その婚約者が実は、ツインソウルの過去生でもあったりするのですが、アシュレーと同様、誠実で優しい男性で。

私の過去生とは、幼なじみ同士で家柄も釣り合うということで、双方の親族はもちろん、周囲の人々から祝福されていました。

スカーレットがアシュレーに憧れていたのと同様に、スカーレット的な知人の過去生も、取りまきというか数々多くいたボーイフレンドというか求婚者達は自分の意のままになる男性達ばかりで物足りなかったけれども、私の過去生の婚約者はそうでなかったから異常に執着しただけのことだったんですけれども。

現世でもそうですが、スカーレット的な女性の本来の好みの男性は、それこそレット・バトラーのような強引でワイルドな男性なんだと思います。

そのスカーレット的な女性がその後、レット・バトラー的な男性と出逢って結ばれたかどうかは、私の過去生とは全く関係がない話なので不明ですけれども。

スカーレットと同様、その女性もその後、諦めずに私の過去生の婚約者を何度も誘惑したけれども、全く見向きもされず、私の過去生は恥をかかされた、と逆恨みされていました。

まあ、現世もそうなんですが、私の過去生はメラニーほどお人好しではなくて、身分差もあって相手を「下品な女」と軽蔑していたのと、婚約者の愛情に対して絶対の自信があったことから、まともに相手にはしていなかったらしいです(^∀^;)


過去生の件はともかくとして、スカーレット役のヴィヴィアン・リーは、オードリー・ヘップバーンと並んで私が好きな女優でして、スカーレット・オハラ自体は割りと好きなヒロインだったりもします(^∀^;)


ヴィヴィアン・リーの映画では、風と共に去りぬよりも哀愁の方が好きなんですけれどもね(^∀^;)


 

 



 

 



 

 

まあ、ヴィヴィアン・リー本人も、スカーレットはあんまり好きな役ではなく、哀愁の方がお気に入りの作品だったらしいですね。


まあ、代表作は美女ありき


 

 とか欲望という名の電車


 

 



 

 ですよね。