前回の記事↓で、私が自分の得意なこと、好きなことを両親の「世間の人から立派な親だと思われたい」という非常に身勝手な虚栄心から否定され続けたことから、何の価値もなく、収入を得る手段にはなり得ないと思い込んでいた、ということについて書きました。

その原因は、両親、特に父の根が深い学歴コンプレックスにあったということもはっきりしているのですが。

どうしてそうなったか?ということを考えてみると、所詮、大学で学ぶという経験を全くしてこなかった父には、大学がどういう場所なのか?ということを全く理解していないし理解できる訳がない、ということに最近になって気がつきました。

大学という場所が、小学校から高校までの教育機関と決定的に違うのは、ズバリ、「学問の場」だということなんですが。

小学校から高校まででするのはあくまでも勉強であって、学問とは違う訳です。

で、学問とは何ぞや?という疑問に対する答えのヒントになるのが、20年ぐらい前にNHKの「課外授業ようこそ先輩」という番組で、ご自身の母校の小学生達の前で荒俣宏さんが授業をされた時におっしゃった「どんなことでも、好きなことを30年間続けたら、それは学問になる」という言葉だと思います。

その言葉を手がかりにして、よく考えてみると、研究というものは、自分が興味があるものを毎日、何時間も見続け、とことん探求し続けることで、大学教授をはじめいわゆる研究者という人は、とにかく自分の興味あることと長年格闘することだけに人生を費やしている人、と言い換えることもできると思います。

大学で学生として学ぶということは、そういう、特定のものを長年研究し続けた人から、研究に特化した情報を学ぶということで、大部分の人は社会に出てその情報を社会に還元し、自分も研究の道に進みたい、という人は大学に残って研究者としての道を歩む、という場な訳です。

そういうことは、実際に大学に進学して学んだ人間でないと理解できないんだな、ということに大学を卒業して20年経ってからやっと気がつきまして、私と両親との考え方、感覚のズレというものは、そこにあったんだな、ということがやっと理解できるようになりました。

私と同じように大学で学んだ筈の弟は、両親の考え方や言ってることに疑問を持つことがなく現在に至るので、恐らく、父が生きている間はそのことに気づくことができないでしょうし、下手をすると一生気づかないかもしれませんが、それはあくまでも弟の問題であって、私の知ったことじゃないです。

私が両親だけでなく親戚ごと絶縁したのは、親族のほぼ全員が両親や弟と同じ人種で、私と同じ感覚を共有することができない、ということに気がついたからなんですが。

大学にこだわるんだったら、就職に有利だとか国家資格が取れるとかということではなくて、本人が好きなこと、得意とすること、人生の核になることは何か?ということに対して重きを置くべきなんですけれども、そういう根本的なところが本末転倒になっている時点で、私の両親は根本的な考え方、感覚が間違っているんだな、と思いました。

まあ、私の両親だけに限らず、似たような誤解をしている人は、多分この世の中には多いと思いますし、私も若い頃は同じような勘違いをしていました。

だから、間違った人生を送っていたのですが。

私が自分のそういう考え方の間違いに気づいて修正することができたのはラッキーだと思うし、間違った人生を送っていなければ、そのことに気づくことができなかったとも思います。

もちろん、就職するため、資格を取るために大学に進学して学ぶ、という人の考え方、選択が必ずしも間違っているという訳ではなくて、生まれる前からそういう人生を選択して生まれてきた人にとっては、そういう考え方が上手くマッチするんだと思います。

けれども、私の場合はたまたまその考え方では上手くいかない設定だっただけということでもあると思います。

長くなるので、また後日、改めて記事にしますが、父の学歴コンプレックスや大学に対する認識の間違いは、先祖のカルマ、父の前世のカルマが関わってくる問題だということにも気づくことができました。

そういうこともあって、私が自分の内のあるに意識を向けるために、親戚ごと実家との接触を遮断したのは、先祖のカルマを解消するため、という意味もあるんだと思いました。