感想・・・人間は誰にも〝想いのくせ〟がありまして、「なんでそんなことにこだわっているのだろう?」「気にしなくていいのに」と思うのです。
と言っている自分にも他人から観れば、「あいつこういうところが素直じゃないよなぁ」と想われているかもしれません。
人間はある意味、把われを無くすために生まれてきたのです。
お釈迦様は「空になれ」、キリスト様は「幼子のようになりなさい」、老子様は「無為になせ」〇〇のためにしようとするな!
大聖者は同じことを説いておられたのです。
そして大大聖者の五井先生は何を説かれたか?
あらゆる想いをすべて『世界平和の祈り』の中に入れてしまいなさい、とおっしゃったのです。
入れてしまうことですべてが解決し、整ってゆく
なぜかというと、『世界平和の祈り』は宇宙のすべてを代表した言霊だからどんな想いも消し去ってくれる、そして新たな浄化された状態で生きて行けばいいんだ、何も考えなくていいんだ、ということなんです。
自分でやろうとしなくていい
ほんとうの自分(神・宇宙)に意識を合わせていれば、宇宙法則に乗って行く
実はこの教えが一番シンプルで簡単だったのです。
ただ、単純に見えて、実に奥が深い、という想いもすべて『世界平和の祈り』の中に入れてしまいましょう!
やれば、素晴らしさがきっとわかってきます。
為せばなる、為さねばならぬ何事も
人間の心とはおかしなもので、何をしてはいけぬ、といえばその、いけぬという言葉に把われてしまって、心の自由を失ってしまうものなのです。こうしてはいけぬ、ああ思ってはだめ、ということは確かに為になる戒めには違いないでしょうが、改めてそういわれるとその戒めに心が把われてしまう、というほど、人間の心は把われがちな波動をもっているのです。だからそうした把われの想いを一切すっぱり解きほぐしてしまうために、善いことも悪いことも、病気も不幸も災難も、人の想いも自分の想いも、すべてその人々の本心開発のために、過去世からの業因縁波動を、神の慈愛の光が消し去って下さる作用なのだから、すべて消えてゆく姿として、世界平和の祈りの中に投げ入れてしまいなさい、と説くのです。(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』345ページ )