お礼のメッセージを送信すると
気を遣わせしまいそうなので こちらから。
記事 ありがとうございました。 (*´ω`*)b
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー![]()
![]()
![]()
⇩ お話しは ここからです
Mちゃんママも
ご高齢のご家族がいて
犬の病気の話し以外に
家族の事(高齢者の介護や治療)や
仕事の事など
色々お話しする
ちょびちゃんmamaの
お父様は どうして・・・

私の父は
余命宣告から8年生きる事が出来ました
身体の痛みや辛さ、死への恐怖を誤魔化す為
毎日 大量のお酒を飲み
毎朝 お腹の不調を訴え
大量の薬を服用した
逝ってしまった 1~2か月前迄
辛そうでしたが
自宅で日常を過ごしていました
はあ苦しい
はあ はあはあ・・・
消えるような声で 電話もくれました
病気が分かってから
お酒を止めるよう言いましたが
死ぬまで好きな事をしていたい と。
家族は父の我儘を受け入れ
せん妄を繰り返し暴れる父の
サポートを最期まで続けた

逝ってしまう 1ヶ月前
体調を崩した父は 車を運転し
お世話になっている病院へ行った
検査後 即入院となりましたが
父も家族も
いつもの様に
直ぐに退院出来ると思っていました
暫くして 病院に確認しました
退院しても 周りが大変なだけで
直ぐ 再入院になる と 言われ・・・
父が病院に乗り付けた車を
兄は実家へ持ち帰ろうと・・・
父は猛反対します
いいから 置いておけっ!
じいちゃん 退院出来ない事、分かったのかな
父と叔母は
昔から仲良し兄妹で
入院中、毎日お見舞いに行ってくれました
叔母に予定が入り
お見舞い出来ない日が 1日だけありました
その翌日
拗ねた父は
お見舞いに来てくれた叔母に
もぐった布団の中から
目だけをギョロギョロさせ
もう お終いだー
(お見舞いの) 皆勤賞を逃したなっ
小さな声で呟いたそうです
そして
とうとう
食べなくなった
心が限界だったんだ 気力を失ってしまった
退院出来ない事へのささやかな抵抗
生への可能性を失いたくない、認めたくない気持ち
それとは逆の
繰り返す入院に心が限界になった
もう頑張る事を 止めたかった
全てが入り混じっていたのだと思います
どうすれば
楽になれるのか
父の頭や心と別のところで
身体は 静かに準備を始めていた
もう
身体が受け付けない
身体に入れる事がしんどい状態となり
食べたくない
点滴も嫌だ
生きる為の全てを 自分で断ち
聖域へ向かった
腕が足が
枯れた棒きれの様になり
顔の皮膚はワックスを塗った蝋人形の様になった
家族も
そして父も
入院した時点では
すぐ退院できると思っていました
私は 知りませんでした
身体は自分でお別れの準備をする事を
父の最期で
その事を知ったんです
これからも ![]()
ぐうちょびを宜しくです (๑◔‿◔๑)~♡





