ご訪問ありがとうございます
グリーンフォレストの森口です(^ー^)
昨日水曜日ここ京都では、
1日通して激しい雷雨、豪雨が続きましたが、
今日木曜日も朝からけっこ激しめの雨。
ここ大山崎町は昨夜から、
警報がずっと継続して出ています。
※朝7時現在
昨夜はびかびか空が光り、
ごろごろどっしーんと雷が響き渡るたびに、
息子と窓にへばりついて、
おお~ひかったー!!
すごい音やなぁ~
1~2~3~、これはまだ遠いな
なんて、
大騒ぎしてたわけですが( ̄▽ ̄)平和な森口家
山の近く、川の近くの方は、
そうも言ってられないでしょう。
※我が家も山のそばですが今のところ問題なし
雨も大切な天の恵みですが、
必要以上ともなってくると、
恵みとも言い切れなくなってきますからね。
問題なく収まることを願っています。
昨日1日大雨だったこともあり、
急遽予定を変更。
昨日はボランティア協力をしている、
NPO法人のレポート作成や、
他の頼まれごとをせっせと片づけておりました。
夏の研修(全3回)を終えて、
ほっとしたのもつかの間、
とある「役割」を頼まれたこともあり、
追加でまた特別な研修を2回受けることになった私。
なんやかんやと用事が続いています。
時系列がおかしくなりましたが、
先週末には潜在意識カウンセリングがありました。
その時の気づきを、
遅くなりましたが、
取り上げご紹介いたしますね(*´ω`)
こうなりたいという願望や、
もっとこうしないと!という目標、
そういったものがあると私たちは、
いろんな方法でもって、
その願望や目標に近づくため努力します。
成し遂げるためにがんばる、
我が身を振り返り改善策を立て、
できる限り手を尽くす。
自分事ならさほど、
そこまで本気にはなれなくても、
誰かのためにとなれば、
みょうに力が湧いてくる、がんばれる、
そんな方も、
けっこう多いのではないでしょうか。
そうして努力を重ね試行錯誤するとき、
私たちは昨日の自分よりも成長しています。
そうは見えなくても、
そうは思えなくても、
ほんの少しであったとしても、
私たちは成長し改善し視野が広がっているんです。
でもそうは言っても、
とてもじゃないけどそうは思えない時、
私の努力よりも、
あの人の努力の方がすごい、
私のやってることなんてもう、
あの人に比べたら取るに足らない。
そう思ってしまう時ってどうしたって、
自分が成長しているなんてとても思えないので、
まだまだ努力が足らない、
もっとやらなきゃいけないと、
さらに自分を奮い立たせ、
弱音を吐く自分をみつけたらば、
ビシビシ厳しく接してしまう、
攻撃してしまう。
けっこうやってしまってたりするんです、
そういうことってナチュラルに。

大きな成果結果ではなかったとしても、
そうして日々目標に向けて、
邁進しているわけですから、
今日明日というわけではなかったとしても、
いつの日かなんらかの成果結果は出てきます。
自分が思う成果結果ではなかったとしても、
他者が見た時に感じる「努力」や「成果」は、
なにかしらあるでしょうから、
声をかけてくるでしょう。
すごいね、素晴らしいね、
がんばってるね、よかったね と。
そこで、
あっそうか!
私はまだそんなに、
成果も結果も変化も実感してはいないけど、
他の人から見たら私は、
以前より成果を出せるくらいに成長しているんだ、
変化しているんだ!! と そううけとめて、
自分を認め、
受け入れてあげることができたらば、
自己肯定感も、
自己効力感も養われますので、
※自己効力感…自分はできる、私ならできるという考えおもい
自信がつく、
自分を信じることができるようになります。
ところが、
自分の思う目標、願望、
それが高すぎたり、ストイックすぎたり、
こうでなきゃいけないという、
その「的」が狭すぎたりピンポイント過ぎたりすると、
他の誰かがいくら称賛、承認してくれたとしても、
華麗にスルーしたり、むしろ、
疑い怪しみ反発さえしてしまうので、
自分はまだまだだという、
そういうおもいをさらに強くしますし、
誰の言葉も聞き入れないとなれば、
どんどん孤立してしまい、
もはや何が目的だったのかすら、
わからなくなって自分を見失ったり、
自己卑下が強くもなりやすい。
それくらいで終わるならまだいいんですけど、
当然そういう状態にある時には、
心がアンバランスな状態になります、
偏り過ぎてしまってますからね。
そういう時ほど、
この世のしくみとして、
調整・修正力が働きますので、
そのアンバランスさを気づかせるような、
目の当たりにさせられるような出来事が徐々に起こってきます。
1人ストイックに、
目標に向けて頑張るのもいいんですが、
どこかでそのひずみ、歪みが、
他の誰かにも影響してしまうんでしょう。
せっせと努力はするけど、
いつまでたっても自分を認められない、
もっと!を自分に要求するとなれば、
知らぬ間に他者にも、
がんばることこそ良し!という考えを、
おしつけてしまいかねませんから。
それが原因となって人間関係でトラブルが起こり、
アンバランスになった自分に気づかされる、
そういうこともありますし、
身近に自分と同じような人が出没する、
そういう方法でもって気づかされる、
そんな出来事だって起こりやすくなります。
たとえば、
努力を重ねる人がいたとして、
あなたがいくらその人を褒めたり認めたとしても、
みょうに突き放されるとか、
なぜか噛みつかれるとか、
なぜか知らぬ間に、
自分が悪者にされる出来事が起こる とかね。
不思議なように聞えるかもしれませんが、
私たちは自分の姿や言動というものが、
わかっているようでわかってませんので、
自分ではない誰かの姿、言動で認識する方が、
意識を向けやすくなりますし、
関心も持ちやすいんでしょう。
だからこそ、
身近に自分に似た人が出現して教えられるんです。
それは良くも悪くも。
あなたってこういうことをしてるんだよじつはと。
とっても感じの良い人が出現することもあるだろうし、
とっても感じの悪い人が出現することもある。
たとえば、
自分は謙遜のつもり、
自分は遠慮、配慮のつもり、
でもそれが過ぎる人が出現したとしたら?
あなたは謙遜のつもり、
あなたは遠慮、配慮のつもりでしょうけど、
こうして人の姿でみたらわかるでしょ?と。
謙遜もしすぎたら嫌味だし、
遠慮だってやり過ぎたら拒絶なんだよと。
話し合いたい、
コミュニケーションをとりたい、
それも方法を間違えば、
表現がすぎてしまえば、
ただのクレーム、クレーマーなんだよと。
そんなつもりはない自分と、
そうとしか見えない他人。
そういう現実、出来事が身近で起こった時ほど、
私たちは気づきを促されているのかもしれません。
ようやく雨もやんで、
鳥のさえずりが聞こえてきました(*´ω`)
しばらく続いた雨もこれでひと段落かな。
さて今日は、
昨日雨でできなかった用事を、
これからやって来ようと思います。

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