母の役割が終わった日

 

 

 

 

娘がアブダビに旅立って

今日で、ちょうど1か月

 

 

CAになるための

トレーニング真っ只中です

毎日ハード過ぎる様子

平日はラインもしません

 

 

この5年

母娘と言うより

旅の相棒

シェアハウスの同居人

 

そして、私をダメにする

秘書でもあった娘

 

 

旅行前の手配から

携帯の設定まで

苦手で面倒なことは

全て丸投げ

 

 

娘がいなくなった後

どうやって暮らそうか?

心配でした

・・・寂しさではなくて(笑)

 

 

でも、一人になったら

何とかやるもんですね

 

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さて、

大学病院の看護師だった娘が、

外資系CAに転職した経緯は

また別記事で書こうと思います

 

 

高校で、

アメリカに留学してから

いや、もっと以前かな?!

日本から出たいと言っていました

 

 

私も、彼女は

海外に出てこそ

可能性が開くと感じていました

 

 

ただ、娘は一人だけしかいません

 

 

6年前

すでに家を出た息子への愛情とは

違うものがあります

(息子も札幌で、まずまず遠い)

 

 

海外に一度出てしまったら

近くに帰ってくることは

ないでしょう

 

 

これから先の老後を考えると

娘が近くにいないのは

やはり寂しいし

心細い

 

 

とは言え、

ここで海外へ送り出すのが

私の最後で最大の使命だと

思っていたんです

 

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なぜなら

 

私の母が、

知的障害のある妹を

今でも手元に置いて

子供扱いをしているから


自分がいないと生きていけない状況

お互い頼り合っている姿

それを身近に見てきたからです

 

 

いわゆる共依存

 

 

そんな実家の中で、

“家族を背負うのは自分”だと

幼いころから思いこんでいました


母からの無言・有言の

プレッシャーがありましたが、

 

それを疑問に思わないほど

身についていたんです

 


なぜかまた、

一時的に実家に暮らしている私・・・

(その話もまた後日)

 

 

こんな負の連鎖を

絶対に断ち切る

 

 

子供達には

自分自身の人生に集中させる

そう、誓っていた部分があります

 

 



とは言え、

私だって

娘がいないことに

ふと寂しさは感じます

 

 

でも、それ以上に

使命を全うした思いが大きい



子供だけでなく

自分自身も解放したんだと思います

 

 

長女としての責任を

『さすがに、もういいだろう』

手離しました

 

 

誰かとの関係性のなかで

自分を演じる習慣

 

 

それをやめたら

なんて自由で軽いのか

 

 


生まれた時から

自分だけに集中できている人は

見ていて軽い

そういうことなんですね


 

 

 

 

 

  娘・母との今までのいきさつ