ときぐすりと言う小説があります。
その小説の中のお話の一つに、すぎともと言うお話があり、この言葉は江辞典に乗っている言葉で、意味は、共に過ぎる
持ちつ持たれつ世を渡ること。
この言葉
好きだなぁって、しみじみ思うものでして
先日ふと、こお言うのって、良いなぁ
これも、すぎともと言えるかしら?
と、思える人との繋がり・出会いを、嬉しく思ったことがあり
それを、家族と「こお言うのって良いね」としみじみ思いあったことを、つぶやいて
みます。
少し、話が遡ります。
あれは何年前でしたか
息子がまだ、小学校にも行っていなかった頃
娘は、生まれていたかなぁ??
ちなみに、今、息子は、19歳で娘は16歳です。
夕方、タララーララ♪ タラララララー♪
と言う屋台のラーメン屋さんのテーマ曲が流れてきて
私は、昔から屋台のラーメン屋さんで一度食べてみたくて、あこがれだったんで、
すぐに「食べた~い
」と思った瞬間 息子も、すぐに反応して「かーかん 何? あ
れ何?」と、やはりくらいついて来ました。
あの頃はかわいかったなぁ
なんて、少し遠い目になりそうですが
�本題に戻って
息子と二人で、屋台のラーメン屋さんを探すことにしました。
そしたら、息子が「車の中でおっちゃんが、何かしてる」と、すぐに見つけてくれま
したが、「車なの? 屋台ではないの
」と、何か少し残念な気持ちになりましたがでもでも、 口が屋台のラーメンでしたので、そこは、車でも良いかと、妥協して、息子と二人で順番を待つことにしました。
その間も、ラーメン屋さんのテーマ曲は、流れていたのが嬉しくて♪ しみじみ順番を待ちながら聞き入っていました
何かこの曲を聞くと、懐かしい気持ちになります
私たちの順番が来て、おじさんが私たち親子を見て
「。。。」
おじさん、何か言いたげでしたが、その時は何の会話もなくお終わり、ラーメンを
2つ買って帰りました。
お味は、屋台のラーメン♪ って、感じの素朴な味でチャーシューも、納得のもので
したぁ{それじゃー、どんなんだかわかりませんね}
とにかく、息子のお気に入りになったようで「かーかん、つぎまた来たら、買って」
と息子がしつこかったです☆
そして、1週間か2週間後に、またあの曲が♪
息子が大喜びで買いに行くと言って、お金を握ってラーメン屋さんへ
そして、息子がゆっくりラーメンをこぼさないようにそろそろと歩きながら「カー刊
、おじさんが、えらいな 今度から頼むときは、言っておいで、持って行く
からなって、言ってたよ」と、ごきげんで帰って来ました。
「え? 。。ちゃんの顔おじさん覚えていたの?」
「うん♪ いっぱい喋った
」それから、ラーメン屋さんの曲を聞くと、息子が当たり前のように「来たよ♪ 来た
よ♪」と、私をせっつきます☆
ん~。。。 良いお値段なんやけどなぁ。。。
毎回はつらいもんがあるなぁと、思いつつも買ってしまう私

でも、どおやら、ラーメンが食べたいだけではないみたいで、ラーメンのおじさんとたわいもないおしゃべりが半分目的のようで、ラーメンを食べながら、おじさんとこんな話をしたよと、嬉しそうに話すので、こんな出会いを、亡くしたくないなと感じていたら、娘も、ラーメン屋さんを、気に入ったようで、あの曲を聞くと、息子と娘が、競うようにラーメン屋さんへ行くようになりました
。それから、少しずつラーメン屋さんの来る回数が少なくなって来て、時々子供たちが
「どないしたんやろ??」と、二人がラーメン屋ののおじさんの心配をしている姿が
ほほえましくて 嬉しく思っていました。
そんなある日、久しぶりにあの曲が流れて来たとき、子供たちの反応は、早かったで
す またもや競うようにラーメン屋さんへ
ラーメンを3つ抱えて帰ってきて
「かぁちゃん ラーメン屋のおじさん、元気やったよ 病気じゃなかったんやってぇ
色んな所を周っていたから、なかなかこっちへ来れなかったんやって」と、なんか嬉しそうに二人が報告してくれ、まるで、私も心配していたかのように、「良かった
ねぇ
」と言うんですまぁ、気にはなっていましたが、子供たちほどではなかったのですが。。。☆
それからも、子供たちは、時々来るラーメン屋さんとの出会いを大切にしていました
。
と、言っても、子供たちの意識は出会いを大事にしていると言う特別な感覚は全くな
く、ただのラーメン屋のおじさんなんですけどねぇ�
そのラーメン屋さんも、息子が高校生になったぐらいから、めったに来ることがなく
なり、来ても食事をすませた後が多くて「おじさん こんな時間に来たらラーメンが
食べれない
」と、二人とも、真剣に残念がったりして、そんな中でも、半年に一度か一年に一度、子供たちとタイミングが合った時は、やはり大喜びで と、言うより
、当然の雰囲気で、「どないする? 食べるやろ? 食べへんのか? おかん?」と、
一様伺ってきますが、口調は、決定事項のようの雰囲気たっぷりなのが、おかおかし
いです�
私も、めったに食べれなくなったので、久しぶりにラーメン屋さんのテーマ曲を聞く
と、夜中でも、食べたくなります
うーむ 何か、条件反射になってしまったかもです

そして、3・4日前、久しぶりにラーメン屋さんの曲が流れて来ました♪
息子は、職場に住み込みしていますので、息子ではなく、娘が「どないする? 私は
どっちでも良いよ
」と、ニコニコしながら一様聞いてきました。時間は、9時を過ぎていましたが、ほんとに、久しぶりでしたので、一つのラーメン
を主人と娘と私で、分けて食べようかと、提案すると、やはり喜んで買いに行きまし
た�
息子がいないのが、寂しいですが、一つのラーメンを家族で分け合って食べるのが、
とても、ほっこりした気持ちになりました。
主人は「これ、なんぼや?」と聞いてきて、その値段にうわぁ と、叫んでいまし
たが、過去のラーメン屋さんと子供たちとのエピソードを話すと「ん・・・ そやな
ぁ こお言った人との繋がりって、大切やな!!」と言いつつも「ラーメンの原価っ
てなんぼか知ってるか?」と、まだ、値段について、ぐちぐちと言ってましたが、我
が家は私がそのへん、気にしないので、丁度良いのですが☆☆☆
ふと 振り返ってみると
このラーメン屋のおじさんと、同じような感じの色んな人との繋がりがたくさんあって
その人たちとの出会いは、色んな意味で私・夫・子供たちを、育ててくれたように思
えて、しみじみありがたいなと思えたともすぎでした

(小説のともすぎとは、話の感じが違いますが)