奇跡のリンゴの話 3のつづきです。
山奥のこんな場所にリンゴの木が、何故 あるのだろう
夢か幻でも見ているのではないかと思った。
けれど、じっと見つめても、幻は消えない
葉の一枚一枚が、満月の光に照らされて輝くのまでが はっきりと見えた。
思わず 見ほれてしまうほど美しいリンゴの木だった
伸び伸びと枝を伸ばす その全ての枝に、みっしりと葉を茂らせている
条件反射のように、誰が農薬を撒いているのかと思った
あれがリンゴの木である以上、農薬をかけてやらなければ、あんなに健康な葉をつけ
ていられるはずがない
そこまで考えて、木村は脳天をいなずまに貫かれたような気がした
「そんなわけがない」 もちろんあの木には、一滴の農薬もかかっていないはずだ
投げたロープをひろうことも忘れて、走っていた
もちろん 山奥のこんな場所に、リンゴの木が有るわけなかった。
走りながら木村も、それがリンゴの木ではないことに気づいていた
それでも 心臓の高鳴りは止まらなかった
それは、ドングリの木だった。
戦時中に陸軍が軍馬の飼育のために切り開いた山中の土地に、ドングリの実が落ちて
育ったらしい。
話に聞いていた軍馬の草刈り場だ。
山中の平らな場所に、ドングリの木が何本も生えている様子が、リンゴ畑の用に見え
たのだ。
リンゴでもドングリでも、その時の木村には同じことだった。
「何故 農薬をかけていないのに、この木はこんなに葉をつけているのか?」
夢中でポケットを探りマッチの火をつけた。
葉を引き寄せて火を翳す。
思った通り、害虫の姿は無かった。
虫に食われ病気で変色した葉が無いわけではなかったが、殆どの葉が健康そのものだ
った。
6年の間探し続けた答えが、目の前に有った。このしいの木だけではない。
森の木々が農薬など必要としていないのだ。
今までどおして自分はこのことを、不思議に思わなかったのだろう
自然の植物が農薬の助けなど借りずに育つことを、何故 不思議に思わなかったのだ
ろう
山に虫が居ないわけではないのだ
さっきから虫の音はうるさいほど鳴り響いている
辺りには、小さな生き物の気配が満ち満ちていた。
畑の虫にしても、あの大きなナメクジがそうであったように、その多くが、山や森か
らやって来るのだ。
病気の原因となるカビや菌も同じことだろう。
それなのに、虫や病気が、このドングリの木を食い尽くさないのは何故か
木村はその理由を、この場所に足を踏み入れた瞬間に悟っていた。
麓の畑のリンゴの木も このドングリの木も 同じいわき山の空気を吸って 同じ太陽
の光を浴びている
条件は、殆ど変わらない。
ただ、決定的に違うことが一つ有った。
雑草が生え放題で、地面は、足が沈むくらいふかふかだった。
土が全くの別物だったのだ。
青臭いくさいきれに包まれながら、木村は無我夢中で足下の土を掘っていた。
土は、ほろほろと崩れ、いくらでも素手で掘ることができた。
草をひけば、土の着いた根が、そのまま先端まで抜けた。
こんなに柔らかな土に触れたのは初めてだった。
つん と、鼻を刺激する山の土のにおいがした。
「これだ」
この土を作れば良い
直感と言うより 何者かが自分の頭の中で、そお囁いているような気がした。
思わず 土を口に含んでいた
鼻に つん と、くる独特のにおいが、口一杯にひろがった。
ある種の刺激臭なのだが、何とも言えず良いにおいだと思った。
自分は今までリンゴの木の見える部分だけ 地上のことだけを、考えていた。
目に見えないリンゴの木の地下のことは、考えていなかった。
堆肥を与え養分を奪われないように、雑草をかることしかしてこなかった。
葉の状態ばかりが気になって、リンゴの根のことを忘れていたのだ。こんな草の中で
、ドングリの木はすくすくと育っていた。いや
草が生えているからこそ ドングリは元気なのではないか
この柔らかな土は、人が作ったものではない
この場所に住む生きとし生けるもの全ての合作なのだ
落ち葉と枯れた草が、何年も積み重なり、それを虫や微生物が分解して、土が出きる
そこに落ちたドングリや草の種が根を延ばしながら、土の深い部分まで耕していく
土中にも 草や木の表面にも、無数のカビや菌が存在しているだろう
その中には、良い菌も悪い菌も居るはずだ
自然の中に 孤立して生きている命は無いのだと 思った
ここでは全ての命が、他の命と関わり合い 支え合って生きていた
そんなこと わかっていたはずなのに
リンゴを守ろうとするあまり その一番大切なことを、忘れていた。
自分は農薬の代わりに虫や病気を殺してくれる物質を探していただけのことなのだ。
堆肥を施し雑草をかって、リンゴの木を周囲の自然から切り離して栽培しようとして
いた。
リンゴの木の命とは 何か と、言うことを考えなかった
農薬を使わなくても、農薬を使っていたのと、同じことだ
病気や虫のせいで、リンゴの木が弱ってしまったのだとばかり 思っていた
それさえ排除出きれば、リンゴの木は健康を取り戻すのだと
そおではない
虫や病気は、結果なのだ
リンゴの木が弱っていたから、虫や病気が大はっせいしたのだ
ドングリの木だって、害虫や病気の攻撃に晒されているはずなのだ。
それでも こんなに元気なのは、農薬などなくても、本来の植物は、自分の身を守る
ことができるからだ。
それが自然の姿だ。
そお言う自然の強さを失っていたから、リンゴの木はあれほどまでに、虫や病気に苦
しめられたのだ。
自分のなすべきことは、その自然を取り戻してやることだ。
掘っても 掘っても 山の土は軟らかく
そして ほのかに暖かかった
目に見えない小さな命が、ここで生きているのだと 思った
この土を畑に再現すれば、リンゴの木は必ず根を延ばす
そしてドングリの木と同じように、元気なるだろう
そお思うと言うのではなく、そおなのだと、心の深い部分で確信していた
ついに 答えを見つけたのだ
その答えを、もう一度確かめるように、手探りで土を掘り 土のにおいをかぎ 口に含
んで 土を味わう 草を抜き 震える指先で 根の柔らかな感触を確かめる
一心不乱に土にまみれる 木村の姿を、中天の満月が、煌々と照らしていた。
これだ! 「これだ!! これが答えだ!!」とな
あの山中で踊り出したい気分だったな
本当にバカだからさ
自分が何のために山を登ってきたかも、忘れて
ロープのことなんかすっかり忘れてよ
今度は駆け足で山を降りたわけだ
一刻も早く自分の畑の土の状態を見て、何をするか 考えたかったからよ
下り坂だからな 一時間ちょっとで、麓の畑まで降りたんでねえべかな
それでも、夜中近くになっていたな
あんまり私の帰りが遅いもんでみつ子が子供を連れて畑まで様子を見に来ていたよ。
心配していたんだろうけど、私があんまり意気揚々としているもんだから、狐につま
まれたような顔をしていたな。 {つづく}