子育てママの心にそっと花笑みの種をまく
はなえみこです。
一輪の花を大切に思うようになるまでの
マイストーリーを綴っています。
私の母は、玄関には
必ず花を飾る人でした。
生け方は問わず、
花束をそのまま花瓶に生けている感じです。
母は、私にお花を生けることを教えることはなかったです。
私も同じく、子どもにお花を教えなかったのですが、
子どもが幼稚園に入園してからは、
一輪の花を楽しむイベントに参加するようになりました。
子どもって、自分の親の言うことよりも
例えば、幼稚園の先生や他の大人の言うことを
素直に聞き入れる傾向がありますよね。
(私の思い込みかもしれませんが…)
牛乳パックで手作りした花瓶を使ったり
子どもが好きな花を選んだり
一輪を生けてみると
自分でできたという達成感もあったみたいで
家の玄関に飾って嬉しそうにしていました。
幼稚園時代は、育児本に書いてあった
「褒めて育てる」「寄り添いが大事」という言葉にこだわってしまい
子どもの言うことは何でも受け入れよう
という気持ちで子育てをしていたのです。
公園で遊んでいて、帰る時間だと言っても
まだ遊んでいたいと言われて
内心はイライラしているのに
「この子の遊びたいって気持ちを大切にしたい。」
を優先させてしまい、
その結果、遅くまで砂場やブランコで遊んで
帰るのが遅くなるので結果的に夕飯の支度も進まないし、
疲れた子どもはグズグズするし,いいことなし。
「褒めること」「寄り添うこと」と、「子どものいいなりになる」ことは
全く違うことなのに
当時は、
叱ったり怒ったりすることがNGだと
思い込んでいたんです。
とても無理をしていて、ずっと
変に頑張っていたんだと思います。
そんな時に
長女が、中学一年生の夏休みあけから
不登校気味になってしまいました。
当時、私は公立中学校で
不登校生徒とかかわる教育相談員をしていたので、
学校に行けなくなるには、
相当の理由があると分かっているのに、
動揺を隠せない自分がいました。
心の充電期間だから元気になるまで学校を休ませたい
と思う私と、
学校には行って欲しいという願う身勝手な私がいました。
学校に行って欲しいのは
親としたら当然の気持ちです。
でも親の当然は、
子どもにとっての当たり前ではないのです。
休んでいる子どもの行動だけみて、
心の動きをみることをしていなかったんです。
そのことに気づくまで長い時間がかかりました。
いまは、目の前の子どもに気持ちを寄り添えるようになりました。
しかし、寄り添えるからといって、
子どものことが何でもわかる訳ではないです。
子どもが、いまこんな状態で何に困っているとか
子どもが伝えてきているSOSや話を評価せずに
みることができるようになったんです。
つづきます。


