コロナウイルスのために色々なところが閉館になっていますが、今日は葉山にある「山口蓬春記念館」に行ってきました。

蓬春の作品は僅かでしたが、画室には使いかけの絵皿や筆かそのままにしてあり、画家の息遣いが残っているような気がしました。

数寄屋建築の佇まいも良かったのですが、そのお庭が手入れされて春を待つ植物の息吹に満たされていてリフレッシュしました。









庭の手入れをされている方と花や絵の話で盛り上がりました。

残念ながら明日から半月間、コロナウイルスのために閉館だそうです。

バスで逗子に戻り、駅前を散策しているとあるギャラリーに出会いました。

今は展覧会がない週なので、店長さんの作品を見せていただきました。
ヤクルトのビンで作ったオートバイや、ダンボールで作ったヘルメットです。







今日はR君の誕生日なのです。
息子の転勤で東京に行ってしまってから5年が経ちます。
3歳の可愛い盛りでした。

きっと今日は放課後にお友達を家に呼んで、ママがおしゃれな料理を作ってくれたことでしょう。
今では「プレゼント何を送って欲しい?」とLINEのビデオ通話で聞くと、
「スイッチのゲーム買って」と言います。
なんだかなあ…
この頃いつ見てもゲームをしてます。
LINEをしていてもゲームをしながらチラッと見てはゲームを続けます。
どうなんでしょうね、このままバーチャルな世界で育ってもいいのかしらと、ババ心にて心配しています。
時々はボーイスカウトで野外活動もしてるから大丈夫かな。

写真は今、我が家に咲いている尾張侘助です。
花器は常滑の陶芸家の作品です。




一週間前、兄のお逮夜のため兵庫に帰る際、
夫に果たし状とも言える置き手紙をしてきた。

そもそも夫が三逮夜やろ、ひとりで行ってきてと言ったから、私はあなたの父親の時も母親の時も町家の寒い台所に立ち続けクタクタになるまでやってきたのになんなのよ!と思った。

そもそも結婚前にもこんなことを言われてもあなたはかばってはくれなかった。
私の母の人生を否定することも言われた。
思い出し始めると限りなく腹が立ってストレスフル状態に。

実家に帰る際、バッグに私の預金通帳も忍ばせた。急いで自宅に戻る重要な用事もしばらくはない。

実家でお逮夜を終え兄嫁さんと延々と話した。
お姉さんがうちの母親とはほとんど口を聞かなかった理由も分かった。

翌日、私は昼食の後京都に向かった。
果たし状に答えを聞かせてくださいと書いておいたから。

結局、家に帰っても夫はほとんど口を開かない。
私から話す気にはならない。
そうして一週間が過ぎている訳です。
男性は自分が悪かったの一言が言えないものでしょうかね。



100号の主題はもう出来ているのですが、背景に悩んでいました。

何通りも下絵を描いて後、全てボツにして主題の大きな木はやはり山に置けと心の中に浮かんできました。
鞍馬か大原にでも写生に行こうと思っていたところ兄の件。

今までは帰省してもさほど出かけることもなく過ごしてましたが、今回は滞在が長かったので気晴らしに出かけると探していた山があったのです。

まだ描き足りませんが見てください。
金封用の筆ペンで描きました。



1月下旬に兄が逝った。
縊死。
進行性核上性麻痺というパーキンソン病と間違われやすい難病にかかっていた。

昨年11月に最新のトライ。
兄嫁から夜泣きながら電話があり、その時は高速道路をひた走り夫と駆けつけた。
すでに落ち着いていたが念のため私は1週間実家に残って兄嫁の仕事での留守を守った。

兄はどう見ても鬱状態だった。
兄嫁がとても優しいので唯一安心し甘えていた。

その後何度も繰り返すので、月2回掛かっている若い精神科医は入院を勧めていたが兄嫁は世間体が悪いので嫌がった。
もし入院して安全確保していたら助かり、鬱の治療が上手く行けばこの難病と闘いながら楽しいこともあっただろう。
しかし悲しみに暮れている兄嫁にそんなことを言えない。私も兄の死を受け入れ難く、しかし無性に悲しくもあった。

通夜、告別式、事務的処理などをして一昨日の夜京都に帰った。

続く。

二枚セットで描いていた日本画が完成しました。
今年の上野の森美術館、日本の自然を描く展の自由部門に二点応募する予定です。

審査結果は五月下旬にくるので、全体像は受かってからアップします。

その絵をパーツにバラしたので組み合わせてみて下さい。










今日は蕪村の命日です。

うちから歩いて10分余りのところに金福寺というお寺があり、
蕪村はここに眠っています。



山の斜面の杉木立の合間に小さなお墓が京の町を眺めるように建っています。


我も死して碑に辺せむ枯尾花 蕪村


松尾芭蕉が庵を結んでから80年ほど後に与謝蕪村が訪れ、尊敬する芭蕉の庵が荒れ果てているので修復して住ったようです。

以前寺の裏山の墓まで登ったことがありますが、
観光寺院ではないので、たまにしか開いていません。




確か井伊直弼の愛人だったという村山たか女の関係の諸々や、私と同じく巳年だったそうで弁財天を信仰し、作らせた弁天堂があります。

私は先日こんなものを作りました。
白蛇がガラス玉に描かれた弁天さんを舌の上に鎮座させているものです。



ちょっとシュールですかね。




前回のブログにコメント欄が無かったとブロ友さんの指摘で気づきました。
何故そうなったのかは分かりませんが、
失礼しました。

昨日は京都の七福神の二つを巡りました。
弁財天に行く途中、たまたま恵比寿さんがあったので、商売はやめてしまったけどとりあえずお参り。

目指す弁財天は六波羅蜜寺におられます。
ここは平清盛が六波羅邸を置いていた辺り。




私はとりわけ弁天さんを慕っている。
弁天さんのお使いは白蛇、私は巳年、そして射手座だけど古代の西洋占星術の13星座では蛇使い座にあたる。

また別々の占い師から「あなたには弁天様が付いている」と言われた。



ところで今取り掛かっている作品の一部を見ていただこう。
ほんの2cm角の部分。




これはハガキサイズ4枚とA4サイズ4枚、計8枚の小下図から切り取ったもの。

決定した部分を10号サイズに骨描きしたものがいり、最終的には100号に仕上げる予定。



先は長いけれど、経済的にもそうそう100号は描けないから最初で最後かも知れない。

経済的理由で芸大に行けなかったから、専門学校の卒業制作を今持てうる力でリメイクしている。
一年の計は元旦にあり。
やはり私が一番に起き、次は孫君、そして夫、息子、最後に嫁が「ふわぁい、おはようございますぅ」と例年通りの始まり。

早速、京都のお雑煮を作る。
我が家は小芋、山田大根、金時人参、絹さや、丸餅で、本来のクワイやノツコツと喉越しの悪い頭芋は入れない。



食べ終えたら急ぎ車でお墓参りに行く。
墓地が三年坂を下ったところにあり、10時を過ぎると観光客でごった返すからだ。

お参りを済ませ夫と二年坂の方でコーヒーを飲む。



息子一家は三年坂を上がり清水坂へ。
横浜の友人達への土産物を買っている。




家に戻ればそろそろ昼時。
昨年九月に注文しておいたお節が中々の当たりだった。



午後は少年を中心にババ抜きをする。
自分がジョーカーを引くと「ジョ!」と漏らしてしまうのが可笑しい。

次に朝刊を見て年末ジャンボ宝くじの当選を調べる。
全くかすりもしなかったが、嫁と同時に「当たらなくて良かったわ、今が一番幸せだよ」とハイタッチ。

夕方ののぞみで息子一家は帰って行った。



二日目は夫と下鴨神社に初詣。
例年より人が増えている、本殿への長い列に並び参拝する。



三日目はお腹に優しいシラスとレタスのパスタ。



テレビで箱根駅伝の復路に見とれ、青山学院大の優勝の瞬間を撮る。



午後は初めてダウンロードしたweb本「夜は短かし歩けよ乙女」を読む。
意外と読みやすい。
本屋に出向いて探さなくてもよい(それを楽しみにしている方は別だが)、何より単行本の半額以下で買える。

そんなこんなで三が日は過ぎていった。


この間から横浜の息子一家が帰省して賑やかにしてます。
お嫁さんが現代的なしめ飾りを作ってきてくれました。



昨日は孫に名所を見せてあげようと銀閣寺に行き、欲しいと言うので紙で作られた狐のお面を買ったら、調子に乗ってずっとかぶっていました。



今日は新京極をブラブラ。
息子とお嫁さんは服を買い、孫は修学旅行生のように金閣寺のキーホルダーやちりめんで出来た獅子舞の置物など京土産を細々と買いました。

錦通りに入るとお正月用品を買い求める人人人。外国人もかなりいましたが、
確かにハングル語は聞こえてきません。



何はともあれ、無事に今年も過ぎて行こうとしています。
今年も色々ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。