「でも」より「だから」

の接続詞を選びたい、今日この頃。




ママ「でも」可愛く

ママ「でも」楽しく



一見、ポジティブにも見える言葉だけど




「ママは普通可愛くないもの」

「ママなんだから楽しくしてたらいけない」



そんな前提があるようで、どこか引っかかる。




※産後、自分のことなんて構ってられなくて当たり前という優しいフォローってことも理解しつつ。




アイスコーヒーでも熱々。

くらいの違和感は残る。(なんだそれ)



「ママだからこそ若々しくいたい。」




ママになれたことを「制限」や「足枷」⁡には思いたくない。




20代で産んだ子が成人する時、ママは40代

40代で産んだ子が成人する時、ママは60代




当たり前すぎる単純な計算。



ヤングケアラーという言葉も、決して他人事ではなく聞こえてくる。



※ヤングケアラー


家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18歳未満の子どものこと。






高齢出産だからこそ、出来うる限り子どもに面倒をかけないようにと切実に考える。




健康でいること、若々しくいることは、自分のためだけど、自分だけのためじゃない。



子どもがいるから

自分も誰かの大切な存在だから




自分のことも大切にして、若々しくいたい。


寝ない、食べない、いうこと聞かない、そんなヤングに付き合うには体力も気力も必要。





エステも、鍼灸院も、美容院も、自分のためだけど やっぱり自分だけのためじゃない。


ママ?おばぁちゃん ?って聞かれないように…泣き笑い




美しくなることも

健康でいることも

笑顔で過ごすことも

活動的であることも

⁡ ㅤㅤ

「義務」ではないし「強制」はされてないから

自分がどうしたいか、シンプルにそれだけ。



だけど


今が良ければ良い。

自分だけ良ければ良い。

 


って思ってたら、大切な家族を守れないかもしれない。


深酒や喫煙をやめないパパに言ってはいるんだけど。←



 


サムネイル

真理子さん、元気で若々しくて綺麗だから、高齢出産って改めて聞くとビックリします。そういえばそうだった、、、ってあんぐり




ありがたいお言葉を頂いたので、我が家の家宝にします。

 





たぶん、健康でなくなった時、初めて健康な状態が当たり前ではないということを知るんだと思う。

(いくら知識はあっても現実になるときっと…)




だからこそ、毎日当たり前に食べているもの、飲んでるものを、身体が喜ぶものにしたい。




日々の食事を、日々の習慣を、日々の意識の向け方を。

大切に考えて、大切に選ぼう。