『いい人、やめたい』
誰にでも良い顔しようとするのをやめたくなった話。
どうでもいい人
都合のいい人
いなくてもいい人
雑に扱ってもいい人
そんな「いい人」として、自分を扱うことに我慢できなくなってきた。(それはいい人なのか?)
誰からも嫌われないように
その場の空気を壊さないように
優しい、怒らない、良い人って思ってもらえるような選択を積み重ねてきた。
喧嘩したくないし、嫌われたくないし、1人になりたくないし、ガッカリされたくない。
『sasamaryはお茶屋だから』
(温かくて優しい世界の住民でいたいから)
のずっと前から、「いい人でいなきゃいけない」は、日常に刷り込まれてて
言いたいことが言えなくて、喉や胸がぎゅっと縮こまる感覚にも慣れてる。
本音では、良い人なんかじゃない。
(天使なんかじゃない)←
自分で自分のことを、優しいなんて全然思ってない。
怒ることも、憤ることも、"お母さん“を辞めたくなることも普通にある。
許せないことは許せないし、怒るときはいつまでも怒る。
「断らない」「顔色をうかがう」「気を使う」が
“自分を守るための戦略”だとするなら
いきなり手放すのは怖いけど、全方位にそうである必要はない。
本音出しても、断っても、関係が壊れない人は壊れない。
困っているときに助けてくれる人
話を聞いてくれる人
代わりに怒ってくれる人
は、いる。
全員じゃなくて良い。
(離れる人は、ちゃんと離れる)
そして私にも、優しくしたい、役に立ちたいと、本音で心から思える人がいる。
時々は、ちゃんと優しい。
わたしはどう感じて、どうしたいと思うのか
小さな本音と対話しながら



