「当たり前」のように日常にあることは、「当たり前じゃない」



sasamary歴13年、我が家の常備茶がsasamary茶になった。









小さい子が欲しがってゴクゴク飲むこと
健康意識の高くない夫が自ら飲んでること
家族で一緒にお茶を飲む時間が日常にあること



特別じゃない、日常にある風景に
漢方ハーブティーが当たり前に溶け込んでる。



いつのまにか。
 


私にとっては、ずっとsasamaryを

「飲むのが当たり前」
「家にあるのが当たり前」
「風邪ひかないのが当たり前」


だけど、その「当たり前」って最初からあったわけじゃない。


病院いかない。薬飲まない。
食べずに寝て治すがデフォルト。


そんな意識高くない系の夫がせっせと家族のためにsasamary茶を淹れてくれてる。



sasamaryの漢方ハーブティーは、健康オタクが頑張って飲む、のませてる飲み物じゃない。



「健康のために頑張って飲むもの」じゃない。







続けてきた時間は、いつのまにかちゃんと日常になってた。


風邪が流行る日
心配事がある日
勉強につまづく日
部活で疲れた日


子どもの毎日にも、当たり前に色々ある。


親には見守るしか出来ることがない時

「何もできない時に、何か出来る」
そんなお茶が日常にあってよかったと思う。



絶対に風邪をひかないわけじゃない。
絶対に不安にならない、揺るがないわけでもない。



派手なことより、地味なこと。
一発逆転より、積み重ねること。


そういうものが日常にある安心感に


「当たり前」って、すごいことなんだと気づく。