「正しい」だけが、正解じゃない。

 
 
言っていること、やっていることがいくら正しくても
”正しい”だけじゃうまくいかないことはある。


自分の「正しい」を押し付けることは正しくない。
 
 
□正しさや、正解を求めること
□誰かが決めた「正しさ」に従うこと
 
 
それを"当たり前"のこととして育ってきた。
 
 
公式を当てはめて解ける数学や、文法のある古文に英語
正解があるテストを受け、点数で結果が出る。
 
 
それはとても、わかりやすい。
 
 



「ルールは守るべきだ」
「約束は守るべきだ」
「責任を果たすべきだ」
「親には感謝するべきだ」
「子どもは愛しむべきだ」
 
 
その正論を否定したいわけじゃない。
 
 
だけど、反論の余地がない「正しい」ことも
伝えることは、もしかしたら間違いかもしれない。
 
 

そんな想像力は持っていたい。

 
 
 
「自分が考える正しさ以外は不正解」
では、あまりにも暴君すぎる。
 
 
□上手に出来なくても
□いいねがつかなくても
□売上げがゼロでも
□試験に不合格でも
□金メダルをとれなくても
□メイクや服が似合ってなくても
□選んだお茶を美味しく感じなくても 
 
 
 



 
 
期待した結果がすぐには得られなくても
それは「不正解」じゃない。
 
 
軌道修正の機会を得られたのかもしれないし
他人の正解を許容できるキャパを広げられたのかもしれない。
 
 
 
正解がないことをカタチにしたり、伝えることは簡単ではないけど
 
 
自分の「感覚」を大切にしたい。
感じたことを表現したい。
 
 
自分が好きで楽しめてることに「不正解」はない。
 

わたしの選んだ「正解」を楽しもう。