原点回帰。
なぜお茶屋の仕事をしてるかを語った過去記事を再アップ
第一子妊娠中、薬が飲めなくなって初めて、今までどんなに自分が薬に依存していたかに気付いた。
妊娠中は、鉄不足(足がつる)冷え、便秘、浮腫み、腰痛、眠れない、ダルさ…などなど
自分の不調をなんとかしたくてハーブの勉強をし、メディカルハーブコーディネーターという資格をとりに大阪へ。
(仕事も時短になり、時間があったので)
「どうして症状は繰り返されるの?」
「ストレスや冷え、未病は薬で治せるの?」
「妊娠中はどうしたらいい?」
「大事な子供に 薬を使うべき?」
「いつになったら治ったといえるの?」
産後、子どもという守るべき存在が出来た事で
どうにもこうにも、説明がつなかない疑問の数々のジレンマが、無視出来ないものになってた。
『薬を正しく使っていれば健康になりますよ』と
本音で思っていないのに言いたくはなく
(その時、低体温、低血圧、無月経、肩コリ、偏頭痛が通常運転)
わたしは薬剤師というより「くすり屋」でした。
指示されたように薬をただ渡すだけ。
薬剤師として不勉強だし不謹慎。
そんな自分への戒めなのか(?)
薬局監査で呼ばれた先で年長の薬剤師の男性にブチギレられるという衝撃の事件が…
「お前みたいなもんは患者の命を奪いかねない!!
人を殺す前に薬剤師を辞めろ!!」
長々と怒号を浴びたのも初体験ながら、衝撃すぎた
殺人予告。(犯人側)
犯罪者になる気なんて全くないはずなのに…
惰性で仕事を続けてたら、人の命を奪いかねないという事実に怯えた。
それからすぐに薬局を辞めたわけではないけど、
「悔しいから必死で勉強して立派な薬剤師になってやる!!」という気概もなく
将来の目標やビジョンもない。
熱意もわいてこない。
(というかそんなこと考えたこともない)
なんのために働くのか、
誰の役に立てるのか分からなくても
それが仕事だから仕方ない、と言い訳しながら続けてた。
一方で、漢方相談のカウンセリングのほうは、経験が活かせるし、喜んでもらえる実感があり
わたしには、もっとやるべき事、出来ることがあるんじゃないか?
希望的推測のもと、そんな気持ちを持つように。
もっと勉強して、もっともっと知識を深めたい…。
でも雇われ薬剤師(産後)、そんな時間と心の余裕なんてなく、日々をこなすだけで精一杯。
余裕なんてなく、いっぱいいっぱいで
薬剤師になるために、必死で勉強したし、親に学費を出してもらった。これまでの努力が無駄になる?
でも、ずっとこのままで良い?
そんな疑問を抱えてるとき、たまたまなのか運命なのか、ストレスで体調を崩し、ご飯が喉を通らなくなり…辞めざるを得ない状況に。
経験も、人脈も、資金もゼロの状況だけど、退路もなく
生きるか死ぬかなら、生きる。
自分もまだ生きたいし、誰も殺したくない。
どうせやるならとことん、やりたいことをやる。
薬ではなく、日常に続けたくなるお茶のカタチで
自分を労わり、愛しめるものを提案していく
そんなこんなで、sasamaryはお茶屋になってた。
(コスパ、タイパよくなれたわけもなく、色々あったけど、結果的にはその一言)
「賢い」選択だったかは分からないけど、あの時の自分に感謝したい。
はじまりのお茶
人の想いを繋ぐお茶


