頭では全部、理解できています。理解できていない事は、ありません。でも、実感が全然ないんです。 | 広島 生きづらさからの自由 わたしからの自由 ゼロøセラピー&青空禅|伊東充隆医師講座広島主催

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「シンプルな幸せ」は、誰にでもいつでも、開かれています。
それを実感するには、複雑になった自分を見きり、ゆだねることです。「今までと全く違った視点から」そのプロセスを歩んで行くことをサポートします。

頭では全部、理解できています。理解できていない事は、ありません。でも、実感が全然ないんです


ブログにおこしくださり、ありがとうございます。坂本範子です。




「頭では全部、理解できています。理解できていない事は、ありません。

でも、実感が全然ないんです」


そんな質問を受けたことがありました。


その印象がとても強く残っているので、

今日はそのことについて書いてみたいと想います。




「頭ではわかる。でも実感がない。」

それは、頭で理解できる範囲には、それはないからです。

知識として、構造として、理解することは可能でしょう。

それも、とても大切なプロセスの一つです。

が、最終的にはそこには無いのだということを理解したうえで

実感を得たいのかどうか、を自問して下さい。



自問の上、実感を得たいという想いを選択したなら、

量と質を伴う実践と検証不足、単純にそれだけだ、という事をお伝えしたいと想います。

実践と検証とは、本当のわたしを見出して行くための取り組みです。

それをやり続けて行くうちに、自我がどんどん解体され、

思考に振り回されることも減り、どんどん軽くなっていきます。


そうすると、その人なりのペースで、実感がどんどん出てくるでしょう。




また、それに取り組む前に、


それへの志、例外なく、誠実に、自身で見出して行こうとする責任、などを

自分に正直になって、見直しておいた方がいいです。


これを本当の意味で確認しておくことは、量と質に自ずと深い影響を与えます。


自ずと助けになる、ということです。




ただ、こんなふうに書くのは凄く簡単ですが、

シンプルすぎる故に、どうしたらいいのかよくわからないし、

合っているのかもわからない・・・

そんな風に感じますよね。




ところで、わたしは、

パソコン作業が大好きなのですが、

新しいことにチャレンジする時は、どうやったらうまくいくのか調べます。

が、専門用語がサッパリわからなかったり、

調べた事柄の横のつながりというか、関連性と言うか、

そういうのがうまく理解できないのですね。基本を知らないから。

だから、無駄に時間だけ過ぎて、とてもエネルギーを浪費して、

なにもすすんでいない、凄いむなしい・・・と思ったりしていた時がありました(笑)

半ばあきらめてほおっていました。

でも、本当のところ、あきらめたくないと言う事に気づいたとき、

パソコン教室に通うことにした時期がありました。

先生はどんな分野にもとても詳しくて素晴らしかったです。

ただ、先生が知らないことを、質問した事も沢山ありました。

そんな時は、さっと調べて、さっと教えてくれるのです。

分かっている人が調べると、本当にあっという間に理解され

あっという間に、わたしに役立つ情報として伝えて下さいます。

そんな風に・・・

私が何日も、何カ月も保留にしていた、なんどもやりかけては挫折したことを、

先生は、ほぼ一瞬でやってのけてしまうのです。

わたしの疲労感は完全に無駄だった。 クイーン・オブ・徒労。

早く聴けば良かった。

わたしのバカバカ(笑)

次からは、教えてもらうに限る、と決意したのでした。

そして、先生にパソコンを学んで、スキルを得た私は、

先生にも驚かれるようなスピード感で、沢山のやりたかった案件を

どんどん完成させていきました。

情熱のパワー、すごいね(笑)。



という例もあるように(笑)、

わからないとき、自分で考えるのには限界があるんです。

だから、わかっている人に聞いていくこと、学んでいくことは、

エネルギーの消耗を防ぐとてもよいやり方だと想います。

やる気があるならなおさら、

その情熱エネルギーを効率よく使うのが一番いいと思いませんか?

ということで、量と質を持って実感を得ながら進みたいのなら、

師につくのが絶対におすすめです。




実感をもつための実践と検証ですが、

それは一言で言うなら、「自我を解体する」「自我を落とす」

ということにつながっていると言えるかなと思います。

心のなかには、生きてきた歴史が、データの様に蓄積されています。

そのなかで概念や前提が多く生まれ


それは自分にもきづかないうちに、

自分の奥深くの見つけられないようなところにしっかりと根付きます。


その前提が、自分の言動の全ての種となっています。

その前提が、全てをあるがまま観ることを遮っているとしたらどうでしょうか。


自分のなかの前提に気づいていくことで、

その前提が解体され、落ちて行きます。

そのことが自我の解体に自ずとつながって行きます。




その上でとても大切なことは、自分に正直になること。

これをはずしてしまったら、まったく的外れになってしまいます。


ただ、自我は、自分でも気付かないうちに、強固に、狡猾に、

自我を解体させないように仕向けます。

そこを見抜けるかどうかの鍵は、正直さです。


正直さという光が、解体の作業を手元で照らしてくれる灯になります。




そうやって自我を解体し、かつ、それを探し続けていくと、

いままで思っていたことが、たんに思いこみだったというような類の気づきに

再々触れることになります。


それに気づくだけで、自然とその思い込みはうすくなったり、溶け去っていきます。


また、自ずと自由な感覚が濃密になっていきます。


実践と検証がなされると、それらのことが全て「おのずと」起こります。

「自ずと」がポイントです。

自我を解体しないまま、頭だけの理解のまま、

この感覚だけを上乗せして実感しようとしても難しいのはそのためです。





そのようにして、自我を探し解体し、

どうも、自我はもともとないのかな、幻だったのかと知ったとき、

「実感を欲していた者」が消え、実感は必要なくなります。

もう満たされているからです。

なぜなら、もともとあった自由と無条件の愛が、

自我を解体し続けて、落として行ったことによって

露わになるからです。



そのプロセスを終えたときには、

実感にこだわっていたことがおかしくなってくるかもしれません。


でも真にそれが腑に落ちるために、たどってきた道は

絶対的に大切なプロセスだったと知るでしょう。



ですから、実感が欲しいと想うなら、質と量をもって実践して下さい。

実感が欲しくて歩み始めたけれど、実感は不要だった、

ということが真に溶け入るまでのプロセスを踏みしめて。

そのプロセスの中で、その都度、実感が欲しいのか?を明確にしてみて下さい。


再々確認したほうがいいほど、自我は強固で狡猾です。

その罠を越えて実感してきたいのか、何度も自問してみて下さい。



そこが越えられたなら、もう扉は大きく開いています。








◆実感がほしいですか?では、扉の前に立ちましょう。

9周年を迎える、伊東充隆医師の青空禅フォーラムは

本日 2/18(土) 14:00から開催です。




最後までお読みくださり、ありがとうございました。
坂本範子



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