デジタル教科書に物申す | ricky321のブログ

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小生、俵万智の本を何冊か持っている。かと言って大ファンというわけではない。時にテレビに出てしゃべる内容から《支配者》の手先ではないかと疑うこともある。

が、以下に示す

「デジタル教科書」を問い直す(文字・活字文化推進機構)に寄稿

には大いに賛成する。

※追記:今日この時点で弊ブログの6/7のアクセス数37だからね。

 

機械が苦手な元教員の「そもそも」論
俵万智(歌人)
 そもそも論ですが、人類が道具を必要とするのは「こんなことができたらいいな」
「こんなことができなくて不便だな」が出発点だと思います。私自身は、紙の教科書
で学び、紙の教科書で教え、そういった気持ちになったことは一度もありませんでした。
必要にして十分な環境にいるのに、デジタルの教科書から「こんなことできますよ」
「あんなことしてみませんか」と言われているわけですが、「わあ便利! こういう
の欲しかった」とはならないなあというのが実感です。むしろ、弊害のほうが怖い。
息子が石垣島の離島の小学校に通っていたころ、授業参観で電子黒板なるものを見
ましたが、同様の感想でした。全校児童十数名の学校にも、このような立派な機器が
あることについては「日本の公教育すごい!」とは感じました。その後進学した県立
の中高一貫校では、一人一台、教室でパソコンを触らせてもらっていましたが、授業
中ゲームに興じている生徒がいて問題になりました。ゲーム等へはアクセスできない
ようになっているはずなのですが、どうやって突破したのか、大人のほうがわからな
いようでした。全寮制でスマホが禁じられていたことは、保護者としては大変助かり
ました。今の時代、電子機器といかに距離をとらせるかに、頭を悩ませている保護者
は多いと思います。「え、それなのに学校で積極的にデジタル端末に触らせてしまう
の?」というのが正直なところです。
私自身は、機械に弱いので的外れな言い方になっているかもしれません。電子辞書
を初めて使ったとき、鳥の鳴き声(今なら動画?)が出てきて「おお」と嬉しくなっ
た経験はあります。けれど、文字の説明と、実際の鳥に会う経験との中間に「これっ
て、いる?」とも思いました。デジタル情報は、中途半端に会った気にさせます。
端末を手にすることで気が散る、子どもには情報量が多すぎる、検索して手軽に
結論を得る癖がつく、視力の低下……聞こえてくる弊害は多々あります。その解決策
が示されないまま導入することは、大げさに言えば人体実験ではないでしょうか。子
どもの人生は一度きりです。もっと慎重になるべきだと思います。
最後に、さらに「そもそも」なことを言いますと、教育にとって大事なのは、教科
書よりも教員です。優秀な人、素敵な人が教員になれば、紙とかデジタルとか関係あ
りません。デジタルに使うお金があるなら、先生がたの給料を上げたほうが、よっぽ
どいいのではないでしょうか。