”愚鈍な人の恵まれた生き方” | ricky321のブログ

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小林正観さんの言葉;

《「自分には、何の取り柄もない」という状況は、じつは、恵まれている》

京都府宇治市に、「宝蔵院(ほうぞういん)」という建物があります。
宝蔵院には、鉄眼道光(てつげんどうこう)(江戸時代の禅僧)が、江戸時代に約17年かけて刻んだ「一切経(いっさいきょう)」(「大蔵経(だいぞうきょう)」ともいいます)6956巻分の版木(版画印刷の木)が、およそ6万枚、現存しています。

鉄眼道光は、「一切経6956巻という膨大な文字を刻んで、印刷物にすることができたら、わざわざ書写をしなくてもすむ。
自分のような人間でも、必要なお経だけを取り出して持ち歩いて読むことができるのではないか」と考えました。


鉄眼道光は、まわりの協力を得ながら、版木彫りをはじめます。
17年間、ただひたすら経文を彫り続け、ついに6万枚を彫り終えました。
鉄眼道光は、どうして17年間も彫り続けることができたのでしょうか。
鉄眼道光は、晩年にこのような話をしていたと聞きました。
「自分には、ほかに何もすることはできないし、何の取り柄もないという状況を神から与えられたから、こんなバカなことを生涯、続けることができた」

「豊かな才能に恵まれていない」「人より優れたものを与えられていない」と嘆く人がいます。
けれど、できる人、恵まれた人ほど、すぐに「不平不満」を持ってしまうこともあります。
一方で、愚鈍な人は「感謝」ができます。
たくさんのすばらしい才能を持っている人ほど本当は恵まれていなくて、「恵まれていない」と思う人ほど、「恵まれている」のかもしれません。

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自分もそろそろなにかしたいと思います。

 

 

共同通信ニュース
 「ボクラ少国民」シリーズなどで知られる児童文学作家の山中恒(やまなか・ひさし)さんが13日午後9時40分、老衰のため死去した。94歳。北海道出身。葬儀は近親者で行った。
 百貨店勤務を経て、本格的な創作活動に入り、子ども向け作品を次々に発表した。収集した戦時資料と国民学校体験を生かした「ボクラ少国民」シリーズを手がけた。
 人気テレビドラマ「あばれはっちゃく」シリーズ、大林宣彦監督の映画「転校生」などの原作者としても知られた。

https://news.yahoo.co.jp/articles/063fe601dc3f70c569334fe7aeed80b9abda4e77

小生のコメント
『ぼくがぼくであること』は大人の鑑賞に堪えうる、児童文学の枠を超えた名作でした。
また、『少年H』の誤記をただした『少年Hの盲点 忘れられた戦時史』が痛快でした。
ご冥福をお祈りいたします。

※『間違いだらけの「少年H」』から改題されたようである。

 

この本は確か上下2巻あったはずである。妹尾河童氏が戦前の記憶と戦後に分かった事実(たとえば軍部の上層部の腐敗や隠匿が明るみになったこと)などが混同していることを追及した。

今思い出しました。高島俊男『お言葉ですが……④』に詳しい。

山中氏の意図としては妹尾氏を苛めたい、責めたいという気持ちからでなく、あくまでも“子ども視点”を大事にしたかったのだろうと思う。

山中氏曰く「Hが少国民の生活意識からかけ離れて、大人の戦後感覚で歴史事情を判断している」。

山中氏の愚直な思いの表れだと小生は思う。