NHKの朝ドラの「なつぞら」が終わり(最終回は見ていないどころか、時々チラ見する程度)、朝日新聞朝刊の連載小説「ひこばえ」が最終章に来ている。もう二週間くらいで終わるだろうと思われる。※
共通点は多く
①ひらがなをタイトルにして柔らかさを出そうとした。
②いくらでも面白くなる要素はあったのに、とうとう盛り上がらなかった。
③主人公が親以外の人間に育てられた経験を持つ。なつは戦災孤児、ひこばえの方は、母の再婚で義理の父がいた。
他にもあるのだが、馬鹿馬鹿しいのでここではやめておこう。
ドラマにせよ、エンタメ小説にせよ、ストーリーとキャラクターの一貫性は重要な要素である。
ひこばえ:高齢者介護施設の責任者が主人公。高齢者の終(つい)の住み家を預かっているので、生きていれば、高齢期を迎える半世紀前に失踪した父のことが気になる。・・・・とここまではいいのだが、初孫の誕生、父の行方が分かった、職場でトラブルメーカーが入所する、などあまりにも多くのことを突っ込み過ぎた。
そもそも父と子が理解し合う『流星ワゴン』という傑作を書いた後、重松清はなんとなく冴えないままである。その後追いをしたようにしか思えない。変わり映えがしないなあ、と重松の読者なら思うだろう。
愚生が編集者なら、介護施設に入所している高齢者とその息子・娘の姿を三組ほどクローズアップして、最後に、主人公の元に失踪した父がひっそりと死んだと連絡が入る、という展開にしたと思う。
なつぞら:東京へ出てきたのが失敗の元。100回記念とばかりに、かつての主演女優を突っ込むなどNHKに色気が多すぎた。絵とアニメは違う。個人技と団体戦、静と動である。十勝で農業に従事しながら、余暇に絵を描き絵画展入選を目指す。アニメーションに啓発されて、絵に動きを持たせることを思いついた、というようなストーリーでよかったのではないか。
ちょっとそれは違うんじゃないの、という台詞が双方に多すぎた。身の丈というものを大事にして欲しかった。
※愚生が見逃しているのかも知れないが、そろそろ次の連載小説のお知らせがあってよさそうなものだが。いたずらに引き延ばし・・・・というのも両者に共通している。
・・・・と書いたら今日で「ひこばえ」は終わった。明日から中村文則だとか。