https://ja.wikipedia.org/wiki/高山市
足寄(あしょろ)町、留別(るべつ)村といった北海道に日本一面積の大きい町と村があるが、ここでは市に絞って書きたい。それから、単純に面積の大小を比較するのではなく、都道府県の面積と市の面積を比較していきたい。
いわゆる平成の大合併により、広大な自治体が登場した。
高山市が一つの顕著なもので、2178㎢で香川県や大阪府よりも広く、島嶼部も併せた東京都の面積に匹敵する。富山市、石川県白山市、福井県大野市とも接しているから凄い。よく見ていただきたいのだが、富山県と石川県と高山市で白川村と飛驒市を囲うようなかたちになっているから、圧迫感すら感じる。これは想像なのだが、白川村や飛驒市にお住まいの方は、「まるで陸の孤島にいるみたいだ」と感じていて不思議ではない。※
高山市が一つの顕著なもので、2178㎢で香川県や大阪府よりも広く、島嶼部も併せた東京都の面積に匹敵する。富山市、石川県白山市、福井県大野市とも接しているから凄い。よく見ていただきたいのだが、富山県と石川県と高山市で白川村と飛驒市を囲うようなかたちになっているから、圧迫感すら感じる。これは想像なのだが、白川村や飛驒市にお住まいの方は、「まるで陸の孤島にいるみたいだ」と感じていて不思議ではない。※
ちなみに、高山市/岐阜県は0.205、つまり高山市は岐阜県の20%強を占めている。面積の広い岐阜県の1/5である。他にもないか捜してみると、
浜松市/静岡県が約20%。(静岡市が18%)
日光市/栃木県が22.5%。
富山市/富山県が29%。
浜松市/静岡県が約20%。(静岡市が18%)
日光市/栃木県が22.5%。
富山市/富山県が29%。
平成の大合併の意義は、財政危機に対応、つまり地方交付税交付金減額に対する処方として、というのが大きかったと思われるのだが、合併したからといってインフラ整備が進むわけではない。むしろローカルな場所が不自由を被るケースも増える。たとえば、数年前の広島市の豪雨による被害は、広島市という政令指定都市にありながら、人口も少ないどころか、過疎に近い地域も含まれていたのである。
合併の一方で、県都でありながら不便な地区、政令市の中での過疎地域が存在することになる。
富山市は、環境面であるとか持ち家率が高いとか暮らしやすさなどがしばしば報道されるが、それは限られた場所だけのことであって、問題のある場所も多々あるはずだと愚生は想像している。
合併の一方で、県都でありながら不便な地区、政令市の中での過疎地域が存在することになる。
富山市は、環境面であるとか持ち家率が高いとか暮らしやすさなどがしばしば報道されるが、それは限られた場所だけのことであって、問題のある場所も多々あるはずだと愚生は想像している。
『お言葉ですが…⑩』高島俊男著に「県より大きな市ができた」の項で、自治体の合併に触れてあるが、指摘してあるのは、新しくできた軽薄な地名についてである。しかし、経済的な面でも合併は陽の当たる部分だけでなく、日陰も増やしたと思う。
※飛驒市や白川村にお住まいの人には失礼な書き方になってしまったが、当方は熊本の地震の時に痛感した。復旧は国道3号線をはじめとした主要道路に近い地域から進んだ。熊本県K市のわが町はなにかにつけて取り残された感じがあった。
愚生は地名が好きだ。新聞に掲載される夏の高校野球の予選経過で岩手や長野や岐阜といった大きな県の地名を見るのが楽しみだ。例えば校名で、伊那飯田方面だとか、諏訪湖畔の高校だとか分かると興味がそそられる。その一方で、飛驒や高山の高校が長良川球場まで出てきて試合をするのは大変だと、そんなことも考える。鈴木大地長官や松岡修造などが、オリンピックでさもいいことばかりがあるようなことばかり強調しているが、スポーツをしたいと思っても、道具がない、仲間がいない、そんな子が大勢いることを考えたことがあるのだろうか。五輪の後、誰も借り手がいない施設があるとか、果たしてその後のことに思いを馳せているだろうか。引退後、あるいは怪我で競技を断念した選手の受け皿があるのか。
くどいが、多くの日本人が今後「東京であった2回目の五輪は失敗だった」とつぶやくような事態が来ないかと、愚生は憂慮している。