ホリエモンとスマホ | ricky321のブログ

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本当に愚生の勝手な目標設定であったのだが、8月が31日あるから、30若しくは31の投稿をしようと思った。愚生の数え方に間違いがなければ昨日で31投稿達成したと思う。

一日一回投稿ということになるが、途中何度も馬鹿馬鹿しくなった。少し前に書いたが、愚生はパーソナリティ重視で、周りに合わせるとか、空気読むとか、常識に従って、とかそういうものが大嫌いなのだ。

おっと、脱線した。此処で委細は書かないが、来訪者のカウントがおかしいことへの抗議が一つ目。時にイイネの数よりアカウントが少ないのは何でだ。毎日暑いから、読書には辛い。しかし、何かを書くのにはいいんじゃないか、と思ったのが二つ目。何の因果があって、多投稿せにゃならんのか、ということも考えたりもした。ただ、別に何かを書くということには抵抗はない。五木寛之が日刊ゲンダイのコラムを何十年と続けているのは有名な話だが、自分に同じことを命じられたら、どうか。いやいや、書こうという意思があれば、結構どうにかなるものだと思う。あるとき「生きるのは辛い」と書き、またあるときは「人生って楽しいな」と書くかもしれない。そういう矛盾が出てきたとしても、それはそれでおもしろいんじゃないかな。

 

ホリエモンの本が書店に陳列してある。『多動力』なる本はなかなか良い。ただし、この1冊に言いたいことは詰まっていて、あとは似たり寄ったりだ。

とにかく、スマホ云々ということをしょっちゅう書く(厳密には書いているんじゃなくて、編集者が堀江からインタビュー形式で聞き取ったことを整理しているに過ぎない。堀江本人も認めている)。個人が自由に使うことが出来て持ち運びが容易。なおかつ情報を早く手に入れられる。便利なものの象徴としてスマホを挙げているのだが、あんまりスマホスマホと書くから読者も飽きる。それどころかスマホに縛られているんじゃないかと訝ってしまう。落合陽一もそう。やたらにシンギュラリティと繰り返すからAIの奴隷みたいだ。落合が出るから、夜の日テレニュースは見たくない。もともと見ないが、見るんだったら他のチャンネルにする。

少し前、中学校の校門を出たところで、とある生徒が、他の生徒との別れ際に「おい、今晩LINEに出ろよ」などと言っているのを聞いた。あ、縛りだよね、と愚生は思ってしまう。

個人対個人の自由な意思疎通というものを携帯電話は可能にして、さらに情報ツールとしてスマホは完成の域だろう。しかし、逆に不自由になったんじゃないか。若者がスマホが気になって勉強に身が入らないなんていうのは、もはや世界共通の現象らしい。

たまに、携帯を忘れて、しまったと思うこともあるが、大概は大丈夫。電話やメールの返答が遅くなるくらいだから。