最近、知ってなるほどと思った言葉である。
何を言っても無駄な者のことである。善かれと思って注意しても無視される。どこまでも我流を押し通す人間というのがいる。言うだけ無駄で、こっちが疲れるだけ。こういうのをエナジーバンパイア
と言うらしい。エナジーバンパイアがバンパイアでなくなるためには、本人が自分で、「あ、自分は間違っている。誰それの話を訊いたほうが良さそうだ。」と自覚するしかないのだが、その段階に至るまで、また相当なエネルギーを周りは要するから、やはり大変である。
しかし、偉そうなことは愚生には言えない。愚生もかなりの人の話を聞かないエナジーバンパイアであるだろう。社会に出て、上司にかなり嫌味を言われたり怒鳴られたりしたが、今頃、自分にも悪いところがあったのだ、と気がつくことがあるのだが、この上司もかなり独善的だったと思う。顧客には信頼されていても、もちろんそれは一番重要なことかも知れないが、常に自分が正しいと思っているために、職場内で波風が立った。社内の野球大会で、日頃気に入らない言動をしているファーストを守る次長にランナーとして体当たりしたのである。本部長は笑ってお咎めなしにしたのだが、誰も単なる勢い余ってのことだとは思っていなかっただろう。
余談が長くなってしまったが、今年3冊の本を投げた。
①世界の中心で●を叫ぶ
②◆毛のアン
③タイトルを忘れたが、元「諸君!」編集長が書いたもの
面白い人間にとっては面白く為になるのかも知れないが、愚生は途中で嫌になった。実社会においては、ある程度辛抱して人付き合いしなければならないし、避けられないことかも知れない。しかし、趣味の世界に関してはどこまでもわがままであっていい。どんなに人が勧めた本でも、つまらないと感じたら、自分の気持ちに素直であっていい。
さっき、NHKで中川翔子が、これはまずいと思ったら、登校拒否も一つの手段だと言っていた。そりゃそうだ。自分で地獄に進んで行きたいヤツはいない。どんなに評判の本でも自分に合わないものはある。いやいやながら読むことは時間の無駄だ。嫌な本に無理して付き合うこと。なんとか文学賞穫った作品だから、名作に違いないと思い込むことは悲劇なのである。