戦争とはなにか | ricky321のブログ

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19-084『レイテ戦記1~3』大岡昇平/中央公論社★★★★★
この本を通して考えたのは「戦争とは非常に人間くさいものである」ということである。
お断わりしておくが、戦争を肯定しているのではない。意気地なしの愚生はつくづく戦争に行かなくても良い時代に生まれたこと、徴兵制のない国にいることを本当に幸運だと思う。それはご理解いただきたい。

日米とも、作戦がうまくいかないことがある。いや、むしろ計画通りにいかないことのほうが多いだろう。こういう場合、狼狽する上官は人心を失う。資源含めた経済力において、米軍は日本軍を圧倒している。これは後世にいる我々以上に、前線にいた日本軍誰しもが知っていたことだろう。とはいえ、人的物的に無尽蔵というわけではないから、米兵も飢える。雨季もあるし台風も来る。ましてや、フィリピンの未開のジャングルであって、まともな地図すらないのである。そして希望的観測も手伝って、成果を強調したい。戦中はラジオも新聞も戦績は華々しく、被害は過小に報じていたというのはよく知られているが、戦場にいて、戦いの難しさに直面している兵隊も、自分たちの戦果は大きく見積もりがちであるし、それは米国でも変わらない。大岡は様々な資料を付き合わせ、「実数はこの半分くらいであろう」など、ドライに捉えている。
《特定の誰かに肩入れすることも、また貶すこともしない》というのを筆者は基本路線に定めただろうけれども、自分を犠牲にして戦友を助けた兵士や、兵器の整わない中で勇敢に戦った部隊は「立派だった」などと評している。少年時代の思い出を綴ったものを読むと、この作家はかなり底意地が悪いことがうかがえる。それは作家として必要不可欠な素地なのだが、大岡もまた情を抱えた人間なのである。

エピローグと後書きに涙腺が緩む。
末尾は、太平洋戦争(大東亜戦争)における日本の敗戦を決定づけたレイテ島含めたフィリピンの平定によって締めくくられるのではない。朝鮮戦争や進行中(中央公論での最終回が1969年7月号)のベトナム戦争にも言及している。マッカーサー(無論アメリカと言い換えてもいい)の二面性、つまりアジア諸国に民主主義を植えつけるという名目。その一方で数多の人命を犠牲にするという矛盾を詳らかにしている。
後書きは、俘虜になった経緯(大岡はミンドロ島で捕まり、レイテの収容所に送られたため、実際はレイテで戦ったのではない)と収容所で他の俘虜から、レイテ戦の苛烈さを聞かされたことに始まる執筆動機について記されている。旧職業軍人の怠慢と粉飾に対する怒りを禁じえなかったことも明らかにしているが、自著に関しては、「歴史と呼ぶにはあまりにも証拠が少なすぎる」と自嘲もしている。
19-082吉行淳之介『石膏色と赤』で、“怒りの大岡”について書いてある。理不尽なことがあると、突然怒り出すのはよく知られていて、吉行は「危険な爆発物のようだ」と感じていたらしい。大岡自身もこの戦記を書きながら何度も憤怒しただろうと愚生は思った。

もっと読まれてしかるべき本である。


Amazonで3巻セットを購入したが、恐らくは中央公論の連載を書籍化した最初のものであろう。
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