【がりょうてんせい】は、画竜点睛であって画竜点晴ではない。
よく見てください。
絵の名人が、龍の絵にまなこを描き入れたら、そのまま龍になって絵から飛びだした、という故事成語由来の四字熟語です。まなこ、つまり眼なので、目を意味する睛の字を当てるわけです。
細かいことを言うとキリがないのですが、竜と龍はどちらもdragonで、違いを気にする必要はありませんが、画龍点睛とは書きません。ドラゴンというのは架空の生き物ですが、愚生は昔中国南方にも生息していたワニからイメージを膨らませたのではないかと思っています。
なぜ画竜点睛のことを考えたのかというと、漢語で書かれた阿Q正伝に眼睛という単語が出て来るからです。最近は、「目へんに青」で書いてある漢語詞典(つまり中国の辞典)も多いから、おやと思ったのです。断固、睛と表記すべきだと思いますが。
【広】は、本来【廣】でした。学研の漢字源には、会意兼形声とされています。广+黃で黃が音声を表すコウなのです。広というのは元来、略字だったのですが、正式な漢字になってしまった。さらに中国では広東省を广东省と表記するんです。こりゃいくら何でも、と思いますね。
20世紀というのは、日本でも共産党中国でも教育が普及した時代であったと言えるでしょう。しかし漢字の画数が多過ぎては大変というわけで、かなり漢字が簡略化されました。繰り返しますが日中双方でです。が、それが行き過ぎて本来の意味が損なわれている点も否定できません。國とは【囲があって、戈で守っていたところ】なんですね。国ではなんか違う。
そういう意味で、時々は岩波文庫の古典は時々眺めてみたくなるものです。
假粧、對面、氣色、佛神、禪師…見慣れればこちらこそ本物という氣がしてきます。