19-042『李陵・山月記』中島敦/新潮文庫
隴西の李徴は博学才穎、天寳の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賎吏に甘んずるを潔しとしなかつた。江守徹さんの朗読が見事なので、お好きな方はこちらで聴いてください。
音声的には非常に良い。耳に心地よいのである。しかし、ト書きは善くとも、…その人間の心で、虎としての己の残虐な行のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情けなく、恐ろしく、憤ろしい…というセリフ部分のリズムがどうにも良くない。
高島俊男は『お言葉ですが』6巻で、『李陵』に関して、摶戰(はくせん、敵味方が接近して矛戈を交えるような戦い)と白兵戦(刀や銃剣を振り回して激しく戦うこと)を混同し、「摶兵戰」という奇妙な語を作った(現在はほとんどの書籍で訂正済み)。漢学者の祖父の薫陶を受け、漢籍の素養が深かった、など書かれているが、世間の買いかぶりだ、とばっさり切り捨てている。
中島敦は主に高校一年生くらいの国語の教材として用いられる。これを機に漢文が好きになったとか、中国史に興味を持ったという小生みたいな者もいるだろうけれども、中島敦全集を愛読している、というおとなは存外少ないのではないだろうか。少なくとも太宰治(メロスは論外ですぞ)を時々思い出しては手に取り、若いころはそうでもなかったが、太宰の言わんとしたところが理解できるようになったという読書家よりは少ない気がする。
・・・と思って河出の日本文学全集『宮沢賢治・中島敦』の巻を手にとると、池澤夏樹は、「(中島と)おなじ年に生まれた、大岡昇平、太宰治、松本清張と比べると、精神の彷徨の範囲がずっと広い。」としているが、おとなの鑑賞に耐えられるのは、むしろ後者三名ではないだろうか。