大石真『駅長さんと青いシグナル』 | ricky321のブログ

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 おじさんはもう四十年近くも駅で働いていました。
 若いときから、駅で掃除をしたり、旗を振ったり、切符を売ったり切ったりして働きました。どんな仕事でも、まじめにコツコツと働きました。
 でも、もうなにぶん年を取りすぎました。今年の秋で駅の仕事を辞めなくてはならなくなりました。
 おじさんはそのことを知ると、なんだかとてもさびしくなりました。
「しかし、しかたのないことだ。年を取れば若い人に仕事をゆずるというのが順序というものだ。」
 おじさんは白くなった頭をゆさぶりながら、自分に言い聞かせるように、そうひとり言を言いました。
 おじさんは一度でいいから、帽子に金の筋のついた駅長さんになってみたいものだと思っていました。でも、おじさんは最後まで駅長さんになれずに駅の仕事を辞めなくてはなりませんでした。それだけがおじさんには心残りのような気持ちがしました。
 ところが、その夏、とつぜんおじさんは駅長さんになることができたのでした。
 おじさんは、この思いがけない知らせを聞いてびっくりしました。そして飛び上がるほど喜びました。
 おじさんの働いている駅から、少し離れたところに海岸がありました。夏になると、その海岸はたくさんの人で賑わいました。
 海岸へ行く人たちは、駅から海岸まで長い道のりを、日に照らされながらてくてく歩かなくてはなりません。それは大変不便なことでした。そこで今年から、おじさんの駅と、その次の駅との間に臨時の駅をつくることになりました。夏だけしか汽車の止まらない駅です。
 そしておじさんは、初めてその駅の駅長さんになることができたのでした。
 おじさんの駅長さんと、その下で働く駅員が二人の、小さな小さな駅でした。それでもおじさんはどんなに嬉しかったか知れません。
 金の筋のついた新しい駅長の帽子を、キチンと一年生のようにかぶって、おじさんは朝から夜まで一生懸命働きました。
 その駅の名前は『海岸前』というのでした。だから汽車が駅に着くとおじさんは大きな声で駅の名を呼びました。
「かいがんまえ──、かいがんまえ──」
 夜になると、この駅は乗る人も降りる人もほとんどいなくなりました。
 それでも汽車が駅に着くと
「かいがんまえ──、かいがんまえ──」
 駅長さんは大きな声をはり上げました。
 汽車が駅を出て行くと、夜の駅は急にしいんとなりました。そして、昼間は聞こえなかった、波の音がここまで聞こえてきました。
 駅の前の空き地に秋の花が咲き出しました。夜になると冷たい風が海に向かって吹いていきました。
 夏も、もうおしまいでした。
 海水浴に来る人もなくなりました。そこで、この臨時の駅も、来年の夏まで閉ざされることになりました。
 最後の日の、最後の夜の汽車が駅に止まりました。
「かいがんまえ──、かいがんまえ──」
 おじさんの駅長さんは、大きな声で駅の名を呼びました。でも、乗る人も降りる人もありませんでした。
 シグナルが青に変わりました。汽車が動き出しました。
 おじさんは、金の筋のついた帽子のひさしに手をあてて、汽車の後ろについたあかりの遠のいていくのを、いつまでも見送っていました。

(以上、全文。原文より漢字多用し、読点を多数省きました。)

  児童文学も小説も同じ。多くのことを盛り込むと大体失敗する。
 物語とはこうでなくてはならないというお手本。なにひとつ事件など起きないが、たった原稿用紙4枚に感動がつまっている。