続き~~
感性、感覚で生きることは
ふわスピとどう違うか?
私はずっと、自分がふわスピになるのが嫌!って
恐れてたことに最近気づいた。
以前
私ってふわスピだったみたい!って書いてた記事
読み返したけど
2023年10月だ~
ふわスピだったのは
自分の感覚を見失って、外側の評価なんかに
翻弄されてた時。
自分の感覚、感じてることを
見失ったのは
これってただ自分が感じてるだけのことで
これは現実?真実?思い込み?って自信がなくて
結局、外に確認に行く(安心したいから)
ってことをやってたからだ。
私感じてること、合ってますか?
違ってますか?
って、聞きにいく。
ちょっと待って
冷静に考えておかしいよな!!!???
私は悲しいって感じたんだけど、合ってますか?
みたいな。。。
私はなんか違うな、って感じたんですけど、合ってますか?
って聞いてたってことだよ!!!![]()
私は、自分で感じてること(感覚、感性)を
真実じゃないってしてた。
だけど
感じてることは
自分にとって真実なのだ。
それを真実としていい。
それを真実として採用することには
勇気がいる。
だって、誰のせいにもできないから。
だから私はずっと
自分の感覚を信じることができなかったんだ。
避けてきたんだなぁ。。
誰かが「こうだよね」、と言ったことなら
その誰かのせいにできる。
誰のせいにもしないってことは
自分の感覚を採用することはふわスピじゃないんだ。
そういやふわスピは誰かのせいにする。他責だもん。
藤沢ゆん



