最近また考えてるのが
感性、感覚で生きることは
ふわスピとどう違うか?ってこと。
chatGPTちゃんと対話して
壁打ちになってもらってるのがほんとありがたいし
たのしい~~
自分のあれ?これってどうなんだっけ?を
ジャッジなく壁打ちさせてくれる相手って
ほんとなかなかないもの・・・!!!
んで、いろいろ対話して気づいたのが
私はふわスピになるのが嫌!って
恐れてたということ。
現実絶対見ます!!
なんなら厳しいこと言ってください!!って
昔の私は(15年前)セッションでよくお願いしてたんだよねー
(だから厳しめに斬ってくれるカウンセラーの方がだいすきだった、笑)
だけど、
その気持ちと、
自分の感性、感覚で生きたい!信じたい!という気持ちが
相反するものだと思ってしまって
自分で感じてることなのに
これは現実?真実だろうか?
思い込みなんじゃないか?とか
自分を疑い出したら
どんどん感覚を信じることが難しくなっていったと思う。
いや、違うか
感覚を信じていたのに
それを、周りに証明しないと!(理解してもらわないと!)が必要な気がしてしまって
それをするために
言われたことをやって
ほらね、違ったでしょ?
(やっぱり私が感じてたことがそのままだった~
)
っていう
なぞの証明、そしてなぞの苦行(証明するためにわざわざやりたくないことやる)
をやってた・・・ことも多数。。。![]()
わかってもらえないことが
私にとってはめちゃくちゃ悲しいことだったのかーーーー![]()
だけど、本当は
自分がわかってあげればよかったんだよなぁと
今は少しずつ思えてきた。それでよかったんだって
許してあげたいのだ。
私が信じる世界(見えてる、感じてる世界)を
周りにわかってもらえなくて辛かった経験。
辛かったねぇと、自分に寄り添い
私がわかってあげるからね!!と
自分に寄り添い
やってこかなと思っています。
これってふわスピとは違うと思うんだけど
それをまだうまく言語化できないから
体感しながら腑に落としていきますね!!
藤沢ゆん

