源の日出雄、牛頭天皇の御子 「牛若」。 | みらくる☆彡
音秘女の 紐解きを、
続けてまいります。
より
大本教は「明治五十五」年、世の立替説で大センセーショナルを起こしました。
これが、一面では邪教の汚名を着ることにもなりました。
明治五十五年に当たる大正十一(西暦1922)年には何もありませんでした。
しかし、現在では大本教の使命は予告の為であったと理解もされつつあります。
明治「五十五」年とは
五十五年間の日月の治め
決して、明治「五十五」年の意味ではないのです。
大本教の出口王仁三郎聖師は、終戦を聞いて、
弥勒の世の始まりと言われたと伝えられています。
終戦が西暦1945年で、その五十五年目とは西暦1999年。
これが、本来の明治「五十五」の立替の年を意味していました。
大本教の出口王仁三郎聖師は、救世主は源の日出雄だと名乗って、
蒙古に渡られました。
この源の日出雄とは、源の義経(モンゴル大王)の演技になります。
源の義経は蒙古に渡ってジンギスカンと成ったの伝説を演じたのです。
ノストラダムスの預言に、
西暦1999年、恐怖の宇宙大王がモンゴル大王を呼び起こす為に天下るがありました。
一般的にはアンゴルモアの大王と訳されましたが、
現在ではモンゴル大王の意味だと知られています。
すると、私達はそこに不思議な図式を見ることが出来ます。
ノストラダムス予言=出口王仁三郎予言別に違うことを言ったのではないと解ります。
しかし、大多数の人には出口王仁三郎さんの演技の意味は解らなかったはずです。
それは、源日出雄と名乗った意味が理解されなかったからです。
日本の源義経伝説、源の義経は蒙古に渡って「モンゴル大王」と成った。
無論、これは歴史的事実ではありません。
神一輪の仕組みの一環として、こうした伝説が世に残されたのです。
源の義経の幼名は「牛若丸」。
仏教の祇園精舎の御守護神、牛頭天王の御子の牛若の意味なのです。
聖書では、終わりの日に主の一人御子を遣わすに当たるでしょう。
この存在が、大本教で言った本当の「日之出」神でもあるからです。
主は、立替に当たり自分の御子をこの世に遣わしておかれた。
その御子を呼び起こす為に人類の上にその姿を現し、
主の御子と共に、主は宇宙に帰られる。
牛の字に秘められた意味は、
一元大武(イチゲンタイフ)
この一元大武とは、牛の異名です。
そして、一元論のことで、
宇宙の萬象は無限なれども、其の始は唯一なり
始めたる唯一の神を「牛」として表す
物は牛と勿
だが、西暦1999年に何も起きなかったことは、誰もが解っています。
この1999の意味は、義経千本と弁慶の九九九本の意味が秘められたものです。
二線(2000)に分ける手前の意味。
そこがポイントになるわけです。
しかし、何も起きなかった事実に対しては重く受け止める必要があるでしょう。
そこで、大本教神諭を見ますと
大本教神諭、火の巻の初頭 明治……年……月……日(日付不明)立替が12年遅くなりておるから
大本教神諭の最初の時から、立替に12年の遅れがあると予告されています。
大本教出口王仁三郎聖師の入蒙古記は、霊界物語の特別篇にあります。
しかし、その特別篇を読みますと、
これは、どこまでも霊界物語の第「67」巻の代篇に過ぎないとあります。
その第「67」巻を見ますと、別に論ずるほどの意味はありません。
何故に、それほど「67」の数字にこだわったのでしょうか?。

