2/28はGate#56「ここにいることを感謝する日」。
生まれる前に通過した、この惑星のゲートを覚えているだろうか?
魂の計画書を遂行するために選ばれた環境と選ばれた肉体。
この地球に滞在するための宇宙服でもある肉体に感謝。
(数字のメソッド/辻麻里子)
。。。つづき
体感しておりました、うちの心眼が
こちらの石室に留まったのでした。
水の意図と山の意志を結ぶ
無意識の意図、魂が
共真共明していたのでした。
室町時代初期の応永5年(1398)、日海上人によって創建されたお寺です。本尊は、仏、法、僧の三宝です。
半鐘は44cmの小型のものですが、檜の厚板で密封し、二軸の写経が封印されていました。
経文から鎌倉時代の元徳2年(1330)8月の彼岸、沙弥了性(しゃみりょうせい)が龍神に奉納したものであることが分かりました。
これは「吾妻鏡」にある建保元年(1213)12月、源実朝が自筆の円覚経を三浦義村に命じ、海底に沈めたという沈鐘信仰を裏付けた、全国でも珍しい一つの例です。
龍神信仰は、平安時代から鎌倉時代にかけて盛んに行われ、船を利用する者にとっては大切な信仰でした。
浦賀水道は、太古から房総への交通路であり、故に水の神としての龍神が好んだという鐘を捧げたのでしょう。このような沈鐘は全国にも伝わっています。
また、墓地には会津藩士の墓6基と川越藩士の墓1基があります。
本水山覚栄寺という浄土宗のお寺で、本尊は阿弥陀三尊です。
このお寺は、日本武尊の東征の折の尽忠者を弔った十王堂の跡に、室町時代の永正10年(1513年)、載誉屋道上人が念仏宣布の道場を建てたのが始まりと伝わっています。
墓地には、徳川時代、代々御船奉行を務めた向井家の政勝系統の墓があります。「俗名向井伊兵衛」とあるのが政勝の供養塔で、古くから「長墓様(ながばかさま)」と呼ぶ花崗岩(263cm)の逆修塔が政良のものというが、定かではありません。他に向井一族の物と思われる宝篋印塔(ほうぎょういんとう)や五輪塔、地蔵尊浮き彫りの碑などがあります。
本堂の裏には、「滝の井戸」と呼ばれる湧水があります。
本堂の裏には、「滝の井戸」と呼ばれる湧水があります。

































