。。。つづき
あまりにもよく、似ておりました。
自ら浄化するきっかけを授けましたのは
発信いたしますコトが叶えられましたのも
自分自身を生かすためにある、宝物。水。
自分自身を活かすためにある、宝物。火。
古事記にある「さねさし」は「さねざねし」。
「さねざねし」とは相手の安否を気づかう時に使うことば。
古事記ではこれが「さねさし」となって、このような歌が載っている。
「さねさし 相模の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも」
和歌は5・7の調べが基本であるので、「さねさし(4音)」では1音足りない。
ホツマツタヱにも同様の歌がある。
それは「さねざねし 相模の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひしきみはも」。
これはオトタチバナ姫ご入水の時のご心境を歌った歌と解釈されているが、実はそうではない。
それはホツマツタヱの歌を読むことでわかる。
その歌とは
「へにのぼり あめつちいのり わがきみの いつをやまとに たてんとす わがきみのため たつとなり ふねをまもらん」。
「ヘにのぼり」とは船の舳先(へさき)にオトタチバナ姫が登りの意味。
そこでオトタチバナ姫は暴風雨の中、天地(あめつち)に祈りをささげ、夫である我(わ)がキミ(日本武尊=ヤマトタケ)が、ヤマトの国に立派なご功績が成し遂げられますように、との思いから、自らが海に入水し、タツ(龍)となって、我がキミが乗っている船を守ります、というもの。
自らの意志でタツ(龍)となって夫の船を守ると言う、きわめて大切な歌が古事記には無い。
古代の姫は、みずからの命を捧げることでタツ(龍)となって、夫を守ったのだ。
このことを欠いたために、以後、女性が本来持っているチカラが削がれることとなってしまったのかもしれない。
わたくしの意志の色霊
映しておりました。































