愛が無ければ、お互いが分離されている感覚になり
自分と違う人とは気まずくなります。
愛は意識の場を拡大し、ハートを拡大します。
愛が広がると、
他の目を通して見ることで、
その視点を理解することができるわけです。
それが、愛には千の目があるとお話しする理由なのです。
観音様はこのことに関しての偉大な師です。
彼女の意識はとても大きいので、
彼女は普遍的な愛の化身なのです。
普遍的な愛は一つの視点しかないという意味ではありません。
普遍的な愛は、全ての視点から見ることができます。
ユニバースの身体は数百万もの魂から成り立っています。
各魂はユニバースの身体の細胞の一つのようなもの。
全ての細胞はそれ独自の機能を持っており
細胞がなければ、身体は不完全なまま。
色々一緒になって全になるわけですから!
ユニバースの宇宙体には千の目があり、千のハートがあります。
観音様はこういった意識を体現する多くのマスターたちのひとりです。
観音様は我々各自の視点を見ることができて
何をしなければならないにしても、
観音様は我々の傍にいて手を貸してくださるのです!
骨の細胞が筋肉の細胞に対して
強くなれとか、柔軟性がないと言うものなら、
筋肉の細胞はそれは間違えていると思うでしょう。
どちらの細胞も独自の個性があり
共に働くことで動きが創造されるわけです。
筋肉は骨がなければ持ちこたえられません。
骨は筋肉無しでは動くことができません。
それと同じように、どの魂にも独自性があり
この世の中において自分だけの視点があるわけです。
観音様のようになりなさい。
そして各魂と、彼等がしたいことを尊重しましょう。
普遍的な愛で手を差し伸べ、彼等を受け入れるのです。
彼等にあなたの愛をあたえると、
あなたがユニバースの全体の命をサポートすることになります。
これがワンネスというものです。
ワンネスは決して孤独ではありません。
真の普遍的なワンネスとは、
人生について素晴らしい教えをくださる観音様に感謝しましょう!
我々を疑念から壮大なる普遍愛の栄光へと上昇させてくださって
ありがとうございます!
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観音経には、「念彼観音力(ねんぴかんのんりき)」という経文が 13 回出てきます。「観音様のお力を念じれば」、いろいろな危険や苦しみ、困難から解放されるという 13 個の例え話が説かれています。
1、燃えさかる火の穴に落とされても、観音様のお力を念じれば、火の穴はたちまち池に変わる。
2、大海を漂流して龍・鬼に襲われても、観音様のお力を念じれば、波に溺れることはない。
3、悪人に山の頂から落とされても、観音様のお力を念じれば、太陽のように空中にとどまる。
4、悪人に追われて山から落ちても、観音様のお力を念じれば、傷一つ負わない。
5、強盗たちに殺されそうになっても、観音様のお力を念じれば、彼らの心は優しくなる。
6、刑場で処刑されそうになっても、観音様のお力を念じれば、刀はばらばらに折れてしまう。
7、鎖につながれても、観音様のお力を念じれば、たちまち鎖は解けて自由になる。
8、呪いのため命が危険にあっても、観音様のお力を念じれば、その人に呪いが戻っていく。
9、悪鬼毒龍(あっきどくりゅう)の怪物に出会っても、観音様のお力を念じれば、怪物は毒を与えないようになる。
10、猛獣に囲まれて殺されそうになっても、観音様のお力を念じれば、猛獣は去ってしまう。
11、マムシやサソリが毒を吐いても、観音様のお力を念じれば、たちまちいなくなってしまう。
12、稲妻が光り大雨が降っても、観音様のお力を念じれば、それらはたちまち消散してしまう。
13、戦場で死の危険にさらされても、観音様のお力を念じれば、敵たちは逃げ去ってしまう。
以上の 13 個の例え話のうち、 8 番目の「呪詛諸毒薬(しゅそしょどくやく)所欲害身者(しょよくがいしんじゃ)念彼観音力(ねんぴかんのんりき)
還著於本人(げんじゃくおほんにん)」だけが趣が違います。 8 番目を除いたものは全部が奇跡(超常現象)ですが、これだけは趣が違います。「呪いや毒をもって、私に害を加えようとする者がいるときに、観音さまのお力を念じれば、その呪いや毒は呪った本人に戻っていく」という内容です。
この経文は、一見、呪いや毒を跳ね返すパワーのように見えますが、その真意は違います。「人を呪えばその呪いは本人(自分)に帰る」という意味です。本当に怖いですね。
だから、人を恨(うら)むまい、人を妬(ねた)むまい、人を呪(のろ)うまい・・・という生き方をしなければならないのです。
「 観音さま 」より。






