しゅ‐は‐り【守破離】
剣道や茶道などで、修業における段階を示したもの。「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。
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この言葉を知ったのは義務教育時代だったと思いますが、
大人になってはじめて自分自身の生き方においての「守破離」を考えるようになったのは、
去年の2月にコラボ開催した「ご自愛クエスト」というワークショップでした。
当時パートナーをつとめてくれたぴーちゃんから、
改めて教えてもらった言葉のひとつでした。
(この時にぴーちゃんにレクチャーしてもらった量子力学や物理学の話は、
もしかしたら参加者様以上にわたしが真剣に聞いていたかもしれません。。笑 超わかりやすかったから!)
なつかしい~
娘が小さいです!笑
この時に参加された皆さまのことは、よーーーーく覚えていますよ![]()
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あれからまだ、一年ちょっとしか経ってないとは思えないほど、
目まぐるしい日々を過ごしております。おかげさまだなぁ。
わたしは、いろんな人のいろんな言葉の中から、
わかったものもわからないものも「これだ!」と直感がとらえたものは全部、
自分自身を実験台にしてやってみて、
そこから取捨選択を繰り返すうちに、今のわたしになりました。
今のわたしは、歴史上の人物を含めて、
過去に「これしかない」というくらい盲信していたものを、
とても冷静な目で見れるようになりました。
(そもそも、何でものめり込みやすいんですけどね。。)
そんな自分が誇らしいという気持ちはもちろんあるけれど、
やっぱりちょっと寂しい気持ちにもなる。
この寂しい気持ちはなんなのかしら?
と少し探ってみたのですが、
やはり「過去の自分との別離」を切なく感じるようでした。
この春は、わたし自身も、わたしの周りも、
それぞれにそれぞれの世界を一度壊して、
また新たなものを創っていく段階の人が多いように見えました。
(これも投影といいますね)
手放したものの中には、
「もう二度と触りたくない」というものもあります。
それでもやっぱり、
わたしの人生に大きな影響を与えてくれたものには、
今でも大きな感謝がある。
「大きな感謝はしているけれど、今のわたしにはいらないもの」
そういうものならきっと、
一生懸命生きてる人にこそ、いくつもあるはず。
学生時代の教科書のようにね!
一度手放したものに、
もしかしたらまたどこかで再会することがあるのかもしれない。
もう一生、ないのかもしれない。
どちらにしても「その時のわたし」には、
「そうであることが最善である」という確信だけがあります。









