あの、「コップの中に残った水」を例にした、
「きれいごと」みたいな話ってあるじゃないですか。
お金も水も、
「わー、もうこれだけしかない。やばいわー」
と思ったら負け組で、
「わー!まだこんなにある!嬉しいなぁ!」
って思えたら勝ち組、みたいなアレの話です。笑
↑
※実際には勝ち負けの話ではないと思うんだけど、前者の人は、なんとなく人間性を否定されたような気がしません??笑
量子力学を持ち出しますと、
「ない」
を「観測」した時点=「そう思った」途端に、
「ない」
という現実になっています。
↑
「が起こります」じゃないの。
もう、「その瞬間にそうなっちゃう」の。
逆に、
「ある」
を「観測」した時点=「そう思った」途端に、
「ある」
という現実になっています。
↑
「が起こります」じゃないの。
もう、「その瞬間にそうなっちゃう」の。←くどい 笑
だけどここまでわかったところで、
無理やり「ある」をみても、
上手くいかない。
なんでかっていうと、
「ない」ことをすでに観測している状態では、
「ある」ことには出来ないからです。
そして、その「ない」の観測を「ある」に転じさせるためには、
わたしの場合は「感情の昇華」が役に立っています。
「ない」にくっついている「感情」を消化して昇華した先に、
「あ、なんだあるじゃん」
って何度も気付いてきた。
そして、たくさんの「ある」を引き寄せました

(2015年10月の記事、再編集して再アップ
)






