・・・・・・・っということで、今日は大事なことを書きます。
常々気をつけなきゃならないこと・・・
それは、欧米の価値観によってものを見ていないか自ら疑うことです。
良い例がイスラム教=悪=テロリストとする見かたです。
ハッキリ言いましょう、イスラム教はどこも悪くない。
そう決め付けるのは、欧米人の視点だからなのです。
もっと言うと、キリスト教による価値観なのです。
ぼくらはこれに騙されちゃいけない。
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テロリズムを生むアラブ社会を「イスラム社会」とくくってしまうことが誤解の根本的原因なのです。
テロリストたちがアッラーアクバルと叫ぶから、それに騙されてしまっているのです。
イスラム社会ではなく、「遊牧民社会」と定義すべきなのです。
遊牧民社会がテロリズムを生むのです。
何を言っているか分からないと思います。
遊牧民族とは部族社会なのです。
イスラム教が生まれる7世紀のずっと以前から、アラブ圏は部族社会(遊牧民社会)でした。
てんでんばらばらな各部族が、たまたまイスラム教という強い宗教で結束し、あたかも「国家」のような体裁をとったものだから、誤解を与えてしまっているのです。
そもそも、アラブ社会に国家なんて概念が存在していなかった。
遊牧民と国家は完全に相反する概念なのです。
ちょっと考えれば、遊牧民にとって国境は邪魔以外の何者でもないことに気付くはず。
国家の三要素である「領域、人民、主権」の最初の領域を規定する国境が成り立たないならば、国家としての要素を満たさないではないですか。
そもそも、遊牧民であるアラブ社会は、国家なんて体裁を取る必要はなかった。
無理矢理国境線を引いたのは欧米社会側だったのです。
何故か?
石油が出たからなのです。
即ち今のアラブ社会が「国家」になったのは、つい最近の出来事だったのです。
このことにアラブ社会(イスラム社会)を考える上で、最大限の注意を払う必要があるのです。
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ちょっとわき道に逸れます。
キリスト教社会が十字軍を派遣したとき、アラブ社会は利益目的の侵略としか受け取らなかった。
ずいぶん後になって、十字軍の派遣動機が「宗教」であることを知って驚いたのです。
十字軍の本質に興味を持った人なら、宗教は名目に過ぎず実は利益が目的だったことを知るはずです。
これと同じように、アラブ社会に発生するテロリズムの正体は宗教でないことが分かるはずです。
もし、宗教が原因だとすれば、怖いのはイスラム教ではなくユダヤ教のほうだと気付くはずですが、話が逸れすぎるので止めておきます。(^^ゞ
そういう視点で今のアラブ社会を眺めることにしましょう。
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何故、アラブ社会に民主主義が根付かないのか?
何故、アラブ社会は独裁者が生まれるのか?
⇒部族社会だからです。
何故、アラブ社会に工業が根付かないのか?
⇒遊牧を基本とする部族社会だからです。
何故、アラブ社会は石油という資源から生まれる富を公平に分配できないのか?
⇒部族社会だから、一族の利益を優先に考えるからです。
何故、アラブ社会はテロリズムを生むのか。
⇒部族社会だから、民主主義が成り立たないのです。
民主主義は国家を基礎に置く思想です。
国家という概念を理解できない部族社会においては、富の公平な分配が出来るはずがありません。
富の分配が公平でない国家では、貧富の差が極端になります。
貧困がテロリズムの根源であることは疑う余地はありません。
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以上のように、欧米の価値観から一歩下がると、物事の本質が見えてきます。
例えば、いま問題になっている難民問題など。
少なくとも、イスラム教が諸悪の根源であるという単細胞的視点は持たないはずです。
欧米人は合理的な考え方をします。
これは科学の発達には大きく役立ってきました。
ゼロか1かで成り立つコンピュータは、アジア人には絶対考案できないものです。
しかし、合理的な考えの欠点は物事を単純化してしまうことです。
善か悪か、敵か味方か、右か左か、そして、キリスト教か異教徒か。
いま欧米を支配しているのは、イスラム教徒は出て行け、国境を封鎖しろ、自分たちが優先されるべきだという孤立主義でしょう。
ついこのあいだまで、グローバル社会だ、自由貿易だ、関税を取り払って巨大経済圏を作ろうと言っていたのは、君たち欧米人じゃなかったのか。
少なくともぼくらは、彼らの単細胞的な価値観に振り回されないようにしようではありませんか。
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