・・・・・・・っということで、いくら科学で論理的に解明していっても、その先にあるのは結局神秘でしかないでしょう。
例えば、人間とは何かを科学で解明していってDNAの螺旋までたどり着いたけれど、何でそういう仕組みになっているかは神秘でしょ?
宇宙の謎を解き明かすために物理学はかなりのところまで進展したけれど、なぜそうなのかという問いには答えられないままでしょ?
じゃあ、何で人間は神秘にチャレンジし続けるのでしょう?
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こんなことを今ごろになって考えているからぼくは駄目ジジイなんですが、哲学をちょこっと齧った人なら、それは君、「形而上学」と「形而下学」というんだよとバッサリ切り捨てられてしまうでしょう。
えっ?形而上学ってつい最近まで【けいしじょうがく】と読むと勘違いしていました。(正しくは【けいじじょうがく】)
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えっと、何を言いたかったんだっけ?
理解するってことは、一応ラベルを貼るという行為。
どんなラベルかというと、「一応ここまで分かったつもり」と書かれているラベルです。
もちろんそのラベルは常に張り替えられる性質のものですね。^m^