・・・・・・っということで、ぼくの母親は「聖人(マドンナ)」である。
別に、宗教に凝っている訳ではない。
でも、聖人。
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母86歳。
昭和4年生まれ。
息子が言うのもナンだが、美人である。
まず八頭身が美人の条件なら、母は完全に当てはまる。
身長は160cmちょっとだったけれど、当時の母は同級生の母親のなかではダントツの「長身」であった。
ぼくが小学生の時は、級友から「あんな美人の母親を持ててウラヤマシイ」と言われたものだ。
ぼくは、そんな褒め言葉を聞いても、特別な感慨はなかった。
小学生の時に何度も転校したけれど、転校した先々で聞かされ続けた褒め言葉だからだ。
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小学3年生の時に、土地付き一戸建てを親が購入した。(現在のアパートの所在地)
夏のある日、母親が白いショートパンツで家の外周りを掃除していた。
そこに停まっていたトラックの兄ちゃんが母に声をかけた。
もちろん何もなかった。
でも、子供ながらに、嫌な感じがした。
今から思えば、そりゃあそうだろう。
母はそのときピッチピチの30歳台だったのだ。
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その母がいま86歳だ。
今日、いつものように母をオヤジが入所している老人ホームにクルマで送り迎えした。
老人の例に違わず、身長が縮んでしまった。
その上、腰が曲がってしまい、身長そのものを計ることさえ不可能になってしまった。
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そんな母と車の中で会話する。
同じ話を何度も聞かされる。
だが、今日は今までにない話題があった。
それは、「若い時は、私の肌は異常なくらいきめ細かかったのよ」という自慢話だった。
息子であるぼくは、それに対してその通りだったと思う。
赤ん坊の時に、乳房に吸い付いた時の感触を、覚えているはずがない。
でも、母のそれは、正に異常なくらいきめ細かかったことは断言できる。
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今から思うと、母はぼくを甘やかして育てたと思う。
何かといえば「・・・ちゃん」「・・・ちゃん」。
62歳になった今も、ぼくを呼ぶ時は「・・・ちゃん」だ。
歳をとるにつれ、ぼくに対する子ども扱いが黄泉がえり(この用法は違っていると思います)してるんじゃないかと思うくらい。
ぼくに向かって言う、「・・・ちゃんは、このごろ気が短い。そんなことじゃダメよ。」って。
ぼくをイラつかせるのは、その子ども扱いにして甘やかす言動なのだということを本人は分かっていない。
ぼくは人間がまだ出来ていないので、いちいち腹を立ててしまう。
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そんな態度をとってしまうぼくって、結局、ぼくは今でも母親に甘えているんだなと思う。