芥川シリーズ | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、読書inトイレの続き。

【将軍】

明らかに乃木将軍を描いている。

乃木が自刃した時、芥川は10歳だったから、乃木を全く知らない世代ではないと言えるだろう。

この小説を書いた時期、乃木に対する評価は「軍神」と祭り上げられていた時代ではなかろうか。

一方、司馬遼太郎は乃木をクソミソに貶している。

芥川は、少なくとも乃木を評価する立場ではなかったことが、この小説から読み取れる。

だからといって、徹底的に批判するのでもなく、評価する人間にも理解を示している。

4つのエピソードを通して、乃木の持つ威光、変な自信、子供じみた頑固さ、軍神と彼を崇める世代を一歩下がったところから、冷徹に観察している芥川の姿が見える。

【神神の微笑】

山本七平が確か「日本教」という言葉を使ったはずである。

その意味するところは、日本に入った文化、習慣、技術は日本独特のものに変容させられてしまう。

キリスト教も然り。

自分は純粋なキリスト信者だと確信していても、その実は日本のフィルターにかかってしまったキリスト教、即ち日本教信者になっていることに気付いていないという面白い指摘だった。

そのずっと以前に、芥川が同じ指摘をしていることに驚く。

純粋なキリスト教にしがみつく外国宣教師にとって、これほど手ごわく、住みにくい国はないだろうという話し。

【トロッコ】

これも超有名な作品。

もちろんぼくも読んでいる。

細かい箇所は忘れていたが、少年が持った夕暮れ時の不安な気持ちは印象に残っている。

超短編だけれども、とても普遍的な意味が込められている。

行く先が分からないどこまでも続くトロッコの線路。

最初は希望に溢れて進むのだけれども、だんだん不安が自分を占領していく。

引き返したいけれど、自分からは言い出せない。

もちろんこのトロッコの線路は何を意味をするか読者は理解できる。

そう、人生である。

それは、自分が選択した人生だけではない。

時代の流れでもある。

日本国民が戦争への道を真っ直ぐ進んでいる時、おかしいと気付く人々が必ず存在する。

引き返したい、でも・・・・

幸い、この少年は泣きながらボロボロになって自宅に帰りつくことが出来た。

我々も、人生の中で、日暮の荒野の先に一本続いている線路を頭に描くことが出来るだろう。


【庭】

これはアラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」の出だしと雰囲気が似ている。

地方の名家の崩壊を庭になぞらえて描いている。

3人も男の跡継ぎを持ちながら、優雅な庭園を持った家が崩壊し、しまいには停車場になってその痕跡さえも残らなかったという結末。

その庭の思い出は、唯一、放蕩者の次男の影響を受けた孫だけが引き継ぐというなんともやりきれない結末。

特に目に留まりにくい短編だけれども、いい雰囲気を持った作品です。